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第十七章 第二惑星への着陸
エンタープライズ号には、二台の惑星着陸船が積まれていた。一台はバックアップ用だが、二台の能力はまったく同等である。この船の設備には、必ずといって良いほど何らかのバックアップ装備や機能が存在する。ジャクリーンのメイン・メモリーバンクのバックアップのためのサブ・メモリーバンク・システム、ロボット達の故障に備えての予備ロボットパーツ群、惑星に送り込む探査衛星の予備ストック、着陸船一号機が故障した場合に備えての着陸船二号機、その他船の設備の各種部品のストック…等々。しかしながら、地球から遠く離れ、物資の補給が不可能な星で任務を滞りなく果たすには、バックアップ装備や予備のパーツはいくらあっても安心できない。万全なバックアップ体制を構築するのは、不可能なのだ。NDPに関わったスタッフも、この事はよくわきまえていた。このエンタープライズ号の装備は、航行可能な重量と、搭載できるバックアップパーツの限界量の、妥協の産物なのだ。
とは言っても、惑星着陸船が二台積んであるのは、これから地表へ向かうロボット達にとってはとても心強かった。これが故障しても、もう一台が迎えに来てくれる。今回使用しないとは言え、着陸船には惑星探査車も積んである…何かの役には立つかもしれない。
着陸船のコクピットは、エンタープライズ号のデッキより狭いが三名分の着座シートがある。しかし、今回そこに座るのはカスパールとメルキオールの二名のみ。船長のバルタザールは、静止軌道上のエンタープライズ号のデッキから地表をモニターしながら、惑星への着陸とドーム探査の指揮を執る。
ジャクリーンの計算と誘導に従い、着陸船一号機がエンタープライズ号を発進した。
一方、シリウスの第二惑星にあるドーム付近の岩の上に、”見上げる者”が立っていた。冷たい大気の中、彼の吐く息は白く立ち昇っていく。息が昇っていくずっと先の、雲ひとつ無い天空の彼らの頭上に、あの輝く星が留まっていた。輝く星は、既に赤い炎を噴き出す事を止めていたが、その巨大な姿ははっきりと目視できた。”見上げる者”は、祭司長として決断を下さねばならない。頭上の星が、大いなる岩の使いなのか、それとも大いなる岩の敵対者なのか。その判断を下して、結論を”岩の上に立つ者”と”斧を振るう者”に告げなければならない。陽が上る少し前、頭上の星から一つの光が飛び出した。光は、流星となって輝き出し、炎に包まれていく。そのまま燃え尽きるのかと思って見ていると、その炎はこちらに向かってくる。”見上げる者”は恐怖に襲われたが、その炎は消えて、一つの小さな物体へと変化した。その物体は次第に大きくなり、遂には比較的近くの平地に着陸した。
“見上げる者”は、その鋭い視力で降り立った物体を見つめた。シリウスAの陽が上り始め、強い光がその物体を照らし始める。尚も見つめていると、物体から二つの小さな姿が現れた。ここからでは点のようにしか見えないが、明らかに歩いている。歩いている?…”見上げる者”は、悟った。大いなる岩の神殿の使いが、自分たちと同じように地上を歩くわけがない!神殿の使いなら、岩の間を自由に飛び回り、直接ここへ来ることができるはずだ!彼は、決断を下した。岩を降り、洞窟へ入っていった。
シリウス第二惑星に無事着陸し、カスパールは偉大なる一歩を踏み出した。船内時間で二〇四四年二月十二日、地球時間では二〇四六年三月二十七日、遂に恒星間旅行を成し遂げ、新たなる惑星に足跡を印したのだ。すでに昇り始めた太陽が、カスパールを照らす。続いて、メルキオールが着陸船から降りてきた。これから彼らは、ドームへ向かう。二人は、ロープやカラビナや種々の道具の入ったバッグを肩に取り付け、さも今から軽登山にでも向かうような気軽な感じで歩き始めた。二人のアイ・カメラとイヤー・マイクが捕らえた映像と音声は、エンタープライズ号へ無線送信される。軌道上の船の中では、船長のバルタザールが高解像度カメラや赤外線カメラ及び各種観測装置で、地表をモニターしている。
洞窟へ戻った“見上げる者”は、そこで待っていた”岩の上に立つ者”と”斧を振るう者”に告げた。
「奴等、大いなる岩、遣い、違う。奴等、敵。」
それを聞くと、”斧を振るう者”はすっくと立ち上がった。
「我々、戦う。」
彼は洞窟を出ると、戦士たちが集合する他の洞窟へ移動した。3百名を超える戦士の中から、優れた戦士を五名選び出した。”斧を振るう者”と選りすぐりの戦士達は、洞窟を脱して岩の麓へと下っていった。
エンタープライズ号では、バルタザールがその様子をモニターしていた。
「カス、メル、聞こえるか?赤外線カメラが、岩山の上から降りてくる五体ないし六体の点を捉えている。そちらへ向かっているようだ。」
メルキオールとカスパールは、既に着陸船から一キロほど離れ、今正に岩山の麓に到着して上り始めたところだった。先頭を登るカスパールが言った。
「了解。シリウス人の出迎えだろうか?歓迎委員会だと、うれしいのだが。」
「まだ、君たちとの距離は二キロ以上ある。遭遇は、まだ先だ。」
カスパールは、上るのに適した道を的確に見つけ出して登坂し続けた。メルキオールが、それに従う。ロック・クライミングの必要は、なさそうだ。岩山の標高は、最高三千五百メートルと高いが、直径は六〇キロもあり、山としてはかなり扁平だ。山と言うよりは、むしろ丘を登っている感じであった。とは言ってもかなり岩が多く、カスパールは慎重に一歩一歩進んだ。
再び軌道上のバルタザールから、連絡が入った。
「カス、君たちの百メートルほど前方で、赤い点が停止した。点の数は、六つだ。」
カスパールは、自分のアイ・カメラの倍率を上げた。陽は少しずつ高くなってきているが、岩山の谷底はまだ陰になっている。
「バル、暗くてよく見えないので、アイ・カメラのシステムを暗視モードに切り替える。」
カスパールは、自分のアイ・カメラを赤外線モードに切り替えた。メルキオールも、それに従った。すると、百メートル前方の岩陰に潜んでいる、シリウスの生物達が見えた。暗視カメラが捕らえたその生命体は、一見したところ猿のような外見をしているが、全体的には、何故か狼とナマケモノを混ぜ合わせたような印象も受ける。それは、突き出した顎と鋭い牙、鉤爪を伴った長い指のせいかもしれない。その生物は二本の足で直立し、しかも手には石器が握られていた。道具を使うからには、知的生命体であることは明らかである。しかし、ロボットが予想していたシリウス人の姿からは、遠く離れていた。脳容積の多い大きな頭と、ほっそりとしたスマートな体…今目の前にいるシリウス人は、それとまったく反対の野性味たっぷりの姿をしている。
カスパールが言った。
「バル、見えると思うが、彼らは武器を手にしている。警戒しているのだろうか?」
バルタザールが答える。
「そのようだ。彼らに、友好の意を示す手立てを何か思いつかないか?」
「残念ながら、バナナもチョコレートも持ち合わせてない。」
と、カスパールは冗談とも本気ともつかないような返答をした。
「ドームまでは、まだ五キロもある。ここで睨めっこをしていても仕方ないので、先に進んでみる。メル、君はここで待っていてくれ。」
そう言って、カスパールは前進を再開した。
「六人の中の三人が、右側の岩棚の上をつたって君たちの背後に回り込もうとしている。」
バルタザールが、軌道上から捉えた赤外線カメラの情報を地上のロボット達に伝えた。
「了解。」と、メルキオール。
「了解。ちょっと、地球の慣習を試してみる。」
カスパールは、両手を高々と挙げてみた。エンタープライズ号で、地球の古い映画をさんざん観たが、戦争映画では降伏する時には必ずこうして両手を挙げていた。これがシリウス人達にも同じ意味を持つかどうかはまったく不明だが、何もしないよりはましだろうとカスパールは思った。
シリウス人までの距離があと二十メートルと迫った時、突然三人のシリウス人が叫びながら、石器を振り上げて飛び出してきた。彼らは、あっという間にカスパールの所まで辿り着き、斧や短い槍状の武器を振り下ろした。カスパールのチタニウム合金の外殻はしばらくは耐えられるだろうが、カスパールは腕で頭部を守りながら後退を始めた。後方にいるメルキオールの背後からも、三人のシリウス人が飛び出してきて、ロボット達の退路を絶とうとしていた。
「メル!いったん引き上げよう!」
「了解!」
メルキオールも、背後のシリウス人達の方へ後退を始めた。六人のシリウス人達が、ロボット達に容赦なく石器を振り下ろした。チタニウム合金の外殻が、あちこち凹み始める。カスパールは、メルキオールの損傷が激しいのに気が付いた。カスパールは、ハードな環境下で作業をするように特化しているため、とても丈夫な外郭と強力なパワーを持っている。しかし、メルキオールは分析能力に重点をおいて作られているので、カスパールほどの頑強さもパワーもなかった。
メルキオールの所まで戻ったカスパールは、右腕で自分の頭部を守りながら、左でメルキオールの右手をつかんで、急いで岩山を下り始めた。メルキオールは、左腕で頭部をカバーしている。シリウス人達の攻撃は、いっこうに止む気配がない。彼らのリーダーらしき体の大きなシリウス人が、ロボットを岩山から出すまいとして押し戻す。しかし、カスパールのマシン・パワーは伊達ではなかった。カスパールは、出力全開でシリウス人を押し退けながら岩山を下った。
「カス、アイ・カメラがやられた!何も見えない!」
「大丈夫だ、メル!」
カスパールの強力な握力は、メルキオールの腕をしっかりとつかんでいる。軌道上のバルタザールは、その光景をやきもきしながら見守っている。
「カス!メル!あと四百メートルで、岩山から脱出できる!」
どんどんと高くなるシリウスの太陽が、辺りを明るく照らしていく。カスは、アイ・カメラを暗視モードから通常モードへ切り替えた。シリウス人が、尚も強烈に斧を振り下ろし、槍を突き刺そうとする。
「しまった、左足の関節もやられた!」
メルキオールがそう言った途端、カスパールにメルキオールの体重がずしりと圧し掛かってきた。左足が停止したメルキオールは、カスパールに引き攣られるようにして進んだ。岩山の麓まで、あと三百メートル。
シリウス人は、間接部分が弱いのを見て取り、手足の関節への攻撃を強めた。シリウス人のボスが、斧を思いっきり振り上げてメルキオールに打ち付けた。メルキオールの左腕が、肩口から吹っ飛んで地面に落ちた。
「カス!今度は、腕をやられた!」
「もう少しだ、メル!」
岩山脱出まで、あと二百メートル。執拗なシリウス人の攻撃。カスパールも、自分の右手の指が何本か動かなくなったのに気が付いた。後頭部も、かなり凹んできている。左腕を失い、頭部を守れなくなったメルキオールの後頭部も、みるみる変形していく。
岩山の斜度は、かなり緩くなった。岩山を脱出すれば、着陸船まで一キロ。荒地ではあるが、平地だ。バッテリーを全部消耗しようとも、できる限り全速力で戻ろう。岩山の出口まで、あと百メートル!
「メル、がんばれ!」
しかし、返答はなかった。代わりに、とても鈍い音が響いた。金属が岩に跳ねる音だ。次の瞬間、カスパールの足元をボールのような物体が転がっていった。カスパールは、即座にそれがなんであるのか悟った。メルキオールの頭だ。ついで、カスパールがつかんでいたメルキオールの右腕が、突如軽くなった。斧が振り下ろされ、メルキオールの体から腕が切断されたのだ。カスパールは、立ち止まって振り向いた。斜面に転がったメルキオールの体には、頭、両腕、左足が無かった。
「カス!メルは、完全に破壊された!君だけは、なんとしてでも戻って来い!」
バルに促がされたカスパールは、向き直って進み続けた。
なんとか岩山を脱出すると、何故か岩山のシリウス人たちは追って来ようとはしなかった。シリウス人のボスは、岩の外れで斧を高々と掲げて勝利の咆哮を上げていた。残りの五人のシリウス人達は、動かなくなったメルキオールの体を執拗に石器で叩き続けていた。あちこち凹んだカスパールは、パワー全開で着陸船まで戻った。
着陸船に戻り、シートへ座ったカスパールはしばらく動けなかった。軌道上のジャクリーンに対して、着陸船の惑星脱出軌道と噴射量の計算を命じ、次いで自分の損傷ヶ所を調べた。右手の指が二本破壊されている。チタニウム合金の外殻は、よく持ちこたえた。メルキオールも、彼ほど頑丈に作られていたら破壊されることもなかっただろう。しかし、何故シリウス人たちは彼等を襲ったのか!ロボット達には、戦うつもりなど毛頭なかったのだ。彼の回路には、言葉で表現できない過負荷が加わっていた。この異常なストレスは、”怒り”として分類され、プログラムとメモリーに記録された。
それから三分後、着陸船一号機は噴煙を上げて、轟音と共に荒涼とした地表を飛び立った。