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第十六章 シリウスへの到着

 エンタープライズ号は計画通りに減速を完了し、シリウス星系に突入した。シリウス星系は、二つの太陽からなる連星系の太陽系。その第二惑星の周回軌道まであと七日の距離に近づいている。核融合推進エンジンが停止してから二年以上が経過していたが、今は液体燃料を使ったロケットエンジンの噴射によって、軌道周回への正確な推進制御が行われていた。
 二年八ヶ月に及ぶ…カスパール流に言えば「持て余すのに十分な時間」の…減速期間を終え、シリウスに到着しようとしていた。いよいよ人類の叡智を結集した宇宙船が、恒星間旅行を完遂させようとしてきた。人類の住み慣れた太陽系と同じく、このシリウス星系にも木星型のガス巨大惑星と、地球型の重金属核惑星が混在していた。ジャクリーンとエンタープライズ号の乗員達は、シリウスの二つの太陽の詳細なデータを取り、一つ一つの惑星に探査機を送った。しかし、最も彼らが関心を払っているのは、もちろんシリウスの第二惑星である。遥か昔…少なくとも八十万年前…に地球を訪れ、直径十キロにも及ぶ巨大なドームを造り、人類を恒星間旅行に誘う記録を残した種族の故郷、それがこのシリウス第二惑星だった。
 宇宙船内では、三人のロボットと一台のコンピューターが忙しく動き回っていた。特にメルキオールは休む間もなく、各惑星に送った探査機から送られてくるデータの分析に追われていた。ジャクリーンは、様々なデータの収集、分類、解析、記録、船の姿勢制御、軌道計算などを一気に引き受け、スーパーコンピューターの能力をここぞとばかりに発揮している。特に、直径五〇キロもの巨大な高分子帆とそれを支える支柱は、突然の回頭行動による強い遠心力等の高過負荷には耐えられないので、詳細・緻密な軌道計算とロケットエンジンの繊細な噴射制御が必要だった。カスパールは、各探査機の不具合のチェックや遠隔操作、及びエンタープライズ号の各部の点検と摩耗部の補修に時間を費やした。船長のバルタザールは、それらの一つ一つの作業を把握・統括し、的確な指示を下していた。必要があれば、各作業を手伝うこともしばしば。
 バルタザールとカスパールが、ロケットエンジンの点検作業から戻って、デッキに入ってきた。そこでは、相変わらずメルキオールがデータの分析に集中している。バルタザールが言った。
「メル、新しい情報は?」
メルキオールは、コントロールパネルを見つめたまま答える。
「第二惑星の、詳細な分析結果が出たよ、バル。惑星の軌道長半径は、地球の八十二%。重力は、地球の九割程度。自転周期は、二十七・四五時間。公転周期は、四六三日。大気が存在するけど、地表面の気圧は低いね。大気の濃度は、地球の三千メートルの高地程度。スペクトル分析によれば酸素があるから、植物ないしそれに類する生命が存在することは明らかだ。最新の第二惑星の映像を、スクリーンに映そう。」
彼がそう言うと、船のカメラが超望遠レンズで捕らえた惑星の姿が、スクリーンに映し出された。
「見て…。惑星全体は、全体的に灰褐色をしていてちょっと冴えないけど、海や森がちゃんとある。青い部分が海で、惑星面積の四割程度しかない。海と言うよりは、巨大な湖と言った方がぴったりくる。おそらく大気が完成する以前の遥か太古、大量の水が宇宙空間に放出されてしまったのだろう。緑の部分がおそらく植物系の森だと思うけど、やはり陸地の半分程度しかない。森も、緑と言うよりはどことなく黒ずんで見える。この惑星は、全体的に岩がごつごつとした環境だね。加えて、活火山と思われる噴煙が、少なくとも五ヶ所から上がっている。」
バルタザールは、スクリーンを見つめて言った。
「我々が想像していた惑星とは、えらく違うな…。酷い環境のようだ。」
メルキオールが、更に言った。
「苛酷な環境になるのも、無理ないさ。シリウスの二つの太陽の、複雑な重力の影響を受けて、常に惑星内部が煉られている状態だからね。火山の活動が活発なのも、そのせいだ。公転軌道も、歪で複雑だよ。加えて、主系列星の白色矮星シリウスAの強力な太陽が惑星面を照り付けているし、生命の生存にはこの上なく辛い環境だよ。」
カスパールが、唖然として言った。
「こんな惑星に、本当に我々より遥かに進化した生命が誕生したのかい?」
メルキオールが、ようやく後ろを振り向いた。
「残念ながら惑星の夜の面には、人工的な灯の光は一切観測されていない。もしも、ずっと昔に文明が滅んでしまっていたら、遺跡は土砂に埋まってしまっているだろうから、発見は容易ではないだろうね。遺跡発掘は、僕ら三人ではどうにもならない。いずれにせよこんな過酷な惑星環境化で、原始的な細胞が知的生命まで進化していたとしたら、それは奇跡だと思うよ。」
それを聞いて、バルタザールもカスパールも黙ってしまった。しかし、あと七日もすれば全てがはっきりするだろう。
 エンタープライズ号は、それから七日後の二〇四四年二月十日、シリウス第二惑星の周回軌道に入った。ジャクリーンの計算によれば、地球では二〇四六年三月二十五日を迎えているはずだ。宇宙船は、第二惑星を僅か五時間で一周して、ちょうど二周目に突入するところだった。一周する間に、エンタープライズ号のカメラや各種観測装置は、惑星の表面を隅々まで観測した。
 デッキに集合した三人のロボットは、協力して各種観測データを分析・解析していた。このデータを基にして、着陸地点も決定される。分析に秀でたメルキオールが、真っ先に驚くべきデータを見つけ出した。
「おお、なんてこった!高解像度カメラが撮影した写真を見てくれ!」
そう言うとメルキオールは、スクリーンに惑星表面の写真を映し出した。百二十七枚目であることを示すナンバリングが、写真の右上隅に印字されている。軍事偵察用に開発された高解像度のレンズは、地表面をくっきりと捕らえていた。そこに映し出されているのは、岩山に囲まれた高地の真ん中に鎮座する巨大なドームだった。
「ビンゴ!」カスパールが、思わず叫んだ。
「この写真は、ほぼ赤道の緯度を写したものだ。」と、メルキオール。
「ズームアップできるか?」
バルタザールが言うか早いか、メルキオールはドームへズームを始めた。ドームの表面は、たった今完成したかのように滑らかなで、傷一つ見当たらない。バルタザールは、続けて言った。
「どの位の大きさなのだ?」
メルキオールは、ジャクリーンから送られてくるデータを整理してから一同に告げた。
「直径約五〇キロメートル。地球の青木ヶ原樹海の地底に埋まっているドームと同形で、直径はその五倍…。」
ロボット達の会話が、一時停まった。数秒の静寂の後、カスパールがぼそりと言った。
「直径五〇キロ?ちょっと、大きすぎないか?地球の大都市が、すっぽりと入ってしまうな…。」
バルタザールも、驚いた様子で言った。
「エンタープライズ号の高分子帆の直径と、だいたい同じだ。そんな巨大な建造物が、この過酷な惑星環境下で完璧に保持されている…信じ難い超高度な技術力だな。これは現役の施設なのか、それとも古代遺跡なのか、判別できるか?」
メルキオールは、ジャクリーンの膨大な観測データにアクセスして、必要なデータの取捨選択と分析をした。
「これを見て。赤外線カメラが捕らえたドーム周辺の写真だけど、岩山の谷間の一部に温度が高い部分がある。この赤い点がそうだ…次の写真では、その赤い点が移動している。赤外線カメラは解像度が高くないので、拡大はこれが限界。」
「高解像度カメラには、その点は写っていないのか?」と、カスパール。
「残念ながら、谷底で影になっていて真っ黒だよ。ジャクリーンが谷底の画像を解析したけれど、移動体の抽出は無理だった。」と、メルキオール。
「少なくとも、植物以外に動物も存在するわけだ。」
とカスパールが言うと、メルキオールは頷いて同意を示した。バルタザールが、スクリーンを見つめながら言った。
「では、後何回か軌道を周回して、より詳細なデータを集めてから着陸地点を検討しよう。」

 その後、エンタープライズ号は十五時間かけて第二惑星を三周し、必要なデータをほぼ収集し終えた。日付は、船内時間で二月十一日になっていた。メルキオールは、ジャクリーンが作成したドーム周辺の完璧な標高地図をスクリーンに映し出す。デッキの三人のロボット達は、着陸地点についての検討を始めた。メルキオールが、地図の説明を始める。
「ドームは、巨大な岩山のど真ん中にある。ドーム自体が直径五〇キロ、高さ五千メートルと巨大なら、この岩山の大きさも半端ではない。直径六〇キロ近くあり、最も高い場所は三千五百メートルもある。オーストラリアのエアーズロックを、超巨大化したような形をしているが、所々に複雑な谷がある。この岩山に着陸できるような、平らで開けた場所は一ヶ所も無い。最も近い着陸可能な平地は、ドームの南端から七キロ、岩山の南端から一キロ南方の地点だ。次に近い平地は、東南方向の十五キロもの距離になってしまう。」
カスパールはこれを聞いて、ジャクリーンの仮想空間でのエアーズロックでの光景を思い出した。エアーズロックも彼にとっては十分に大きく、その見晴らしは素晴らしいものだった。まして、直径六〇キロ、高さ三千五百メートルの岩山からの眺めと言うのは、一体どんなものなのだろう。仮想空間とは言え、エアーズロックはカスパールのお気に入りの場所の一つだが、第二惑星のドームがある岩山は、それと比較にならない程大きいと言うのだ。しかも、仮想ではなく現実なのだ。
 メルキオールが一通りの説明を終えると、バルタザールが言った。
「では、南方七キロの地点に着陸するのが妥当なようだな。着陸してからドームへ向かう点の問題点は、メル?」
メルキオールが答える。
「第一の問題点は距離です。岩山を走破しなければならないので、惑星探査車は使えない。つまり徒歩以外に、方法はない。ドームまでの距離自体は七キロしかないが、岩山の踏破は苦戦するだろう。第二の問題点は惑星表面の気温だ。シリウスAの太陽放射は強烈で、赤道地帯と言うこともあり、日中は摂氏五〇度を超える。我々の精密な回路がハングするかもしれない。逆に夜間は、氷点下三十度を下回る。バッテリーの消耗が激しいだろう。第三の問題点は、ドームの入り口がどこにあるのか、まったく分からない点だ。これらの点が問題だね。」
「対処法は?」と、バルタザール。
「まず、この任務に適しているのは、船外修理活動を目的に作られているカスだ。彼は、我々より頑強に作られ、パワーもあり、バッテリー容量も多い。私かバルが、補助で同行すれば予想外のトラブルにも対応できる。カスが先行して歩くべき道を決定し、我々がその後を着いて行くのがベストだろう。気温だが、日の出の一時間後に出発するのが良いだろうね。観測データによれば、午前中の五時間ほどは、気温は氷点下0度から摂氏三十度ぐらいの間で推移するから、バッテリーの消耗も最小限で食い止められるし、我々の回路のオーバーヒートも避けられるだろう。ただし、ドームの入り口だけは行ってみないことには、何とも言えない。」
と、メルキオールが言った。バルタザールは、立ち上がって言った。
「OK。では、これからエンタープライズ号を、ドーム上空の静止軌道上に移動させる。その後は、各自バッテリーをフル充電し、メモリーのバックアップを完了させること。明朝三時に、シリウス第二惑星への着陸、並びに惑星表面のドーム調査を行う。以上。」
人間ならば、「胸が高まる」という状況だろう…と、カスパールは思った。十六年以上の長い旅の末、いよいよ明日、目的の地に降り立つのだ。そして、先陣を切ってその第一歩を踏み出す栄誉に与るのは、カスパールなのだ。