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第三章 ミスター・ロボット

 ロンやグッドマン等を乗せたジェット機は、無事に新東京国際空港に到着した。空港近辺のホテルで一泊した後、東京の品川へ向かう予定を組んでいた。翌朝、アメリカ大使館が用意した3台のリムジンが、ホテル前に一向を迎えに来た。先頭のリムジンに国防省のイングラム事務官とSP一名が乗り、二台目にロン博士とグッドマンとSPの三名が乗り、三台目に事務担当者と残りのSP一人が乗り込んだ。三台のリムジンは、静かにホテル前を出発した。
 リムジンの後部座席に座ったグッドマンとロンが、さり気ない会話を交わしていた。
「サンタマリアの時のお出迎えとは、えらい違いですね、ロン博士。」
と、グッドマン。
「確かにあの時は、小さな日本車でしたね。アメリカで小型の日本車に乗って、日本でアメリカ製の高級車に乗る。なんだか、滑稽ですね。」
と、ロンが言った。グッドマンが続けた。
「滑稽と言えば、シン・トウキョウ・コクサイ・クウコウという名前なのに、ずいぶんトウキョウから離れていますね。シナガワまでどのくらいですかね?実は、日本は初めてでして…。」
「私は日本は、今回で七度目です。ロボット開発の打ち合わせと、開発状況の把握のため、今年だけで既に三回も来ていますよ。」
グッドマンはロンの横顔を見たが、彼には中国人と日本人の違いがよく分からない。最も、知人や友人には日本人や日系アメリカ人はいないので、比較はできないが。グッドマンは、さらにロンに尋ねた。
「先日、委員会でジャパンの最先端ロボット工学技術の概略について、レクチャーを受けました。一つ不思議に思っているのは、何故ジャパニーズがこれほどまでにロボット開発に入れ込むのか、今ひとつ理解できないのです。」
ロンが、二コリと微笑みながら応えた。
「そうですね。それは、日本人技術者達の子供時代の体験に基づいているかもしれませんね。日本のテレビでは、ヒーロー物のドラマやアニメが満ち溢れているのですよ。ロボットヒーロー物も、子供たちに特に人気があるテレビ番組の一つらしくてね。実は、二十世紀後半にロボット工学技術を著しく発展させた日本の技術者の先人達は、アトムというロボットが主人公のアニメの影響を受けていたそうです。彼らは、アトムを作りたかったという伝説すら残っています。」
グッドマンは、日本の文化はよく知らないし、当然アニメに関してはまったくの無知だった。
「日本人は、実用的な家電や小型自動車ばかり作って儲けているものと思っていたのですが、ロマンや夢を持った技術者達もいるのですね。」
「誰にでも夢はありますよ、上院議員。アメリカ人も、日本人も、アフリカ人も関係ありません。」
と、ロンが言った。グッドマンが言ったことが、中国系アメリカ人のロンには人種差別発言に聞こえてしまったのだろうか?グッドマンは、さり気なく話題を転換した。
「ロボットが人間と同等の働きをすることは、実際可能なんですかね。」
ロンは先ほどの発言に怒っている様子も無く、静かに答えた。
「総合的に人間とまったく同じ、と言うことはないでしょうね。知識の量や計算のスピード、作業の正確さでは、遥かに人間を凌駕しています。我々が丸一日かかってやる化学分析やスペクトル解析等の情報分析を、ロボットなら数分もかからずやってしまうでしょう。逆に、具体的な判断をしたり決断を下すとなると難しいでしょうね。経験を積んだ人間でも、決断は難しいことがあります。今日は何を食べよう、カンバスにどんな絵を描こう、彼女へのプロポーズの言葉はどんなものにしよう…人間もけっこう悩みますよね。そして最も正しいと思われる決断をするのです。決断を下すには知識だけでなく、経験が必要となりますから、ロボットには”経験”に等しい”条件付け”を与える必要がります。現在のロボット工学で最も難しいのは、創造力を電子頭脳に付加することなんですが、頭脳に簡素化した具体的な条件を設定して白か黒かの判定を下しながら、次第に複雑な問題に進んで的確な判断を下すようにしていく。ファジーな問題や、複雑に見える問題をロボット自身に明確にさせて判断させる、これが現在のロボット工学技術の取り組んでいる最重要課題です。これがクリアーできれば、ロボットが人間と同等の任務を果たすことは十分に可能です。日本の企業は、その課題に対して最先端を行っているのですよ。」
ロンが言ったことは、先日のレクチャーでもほぼ触れられていた。ロン博士自身は、もちろんもっと複雑で詳細な技術的知識を持っているのだろうが、素人のグッドマンにも分かるように解説してくれたのだろう。グッドマンは、これ以上博士に聞くこともないので、車内では静かにしていることにした。リムジンは、あと一時間もすれば目的地に着くだろう。

 三台のリムジンは、品川にあるJCN本社の正門を通過した。門の周辺には、大勢の新聞記者やテレビ・クルー達が押し掛けていて、警備員達と押し問答を繰り広げていた。昨日の大統領発表を聞いて、勘の良いマスコミがこぞってここに押し掛けたのだ、とグッドマンは推測した。
 JCN…ジャパン・コンピューター・ネットワーク社…ロボット工学技術で世界の最先端を行っている会社、グッドマンはその社屋を見上げた。思ったより小さく、十五階建てだった。社屋入り口で出迎えている日本人達も小さかった。おそらく、この日本では何もかも小さいのだろう。彼等を乗せたリムジンは、入り口の前で停まった。門の付近ではカメラマンたちが引っ切り無しにシャッターを押していて、ストロボが瞬き続けていた。グッドマン達がリムジンから降りると、小さな五名の日本人達がお辞儀をした。そうだった、ジャパニーズは握手や抱擁ではなく、"オジギ"…確かレイとも言ったか…をするのだったと思い出して、グッドマンも"オジギ"を返した。
 アメリカから来た一同は、日本人と共にJCN本社の中へ入って行き、大きなリビングルームへ通された。おそらくイタリア製のものであろう一流のソファー、床と壁は天然の大理石、その壁には本物らしき”シャガール”の絵が掛かっていた。グッドマン達に同行している三人のSPは、リビングルームの外に待機した。ソファーに座った四名がコーヒーを一口付けた途端、三名の日本人が入ってきた。日本人は、人を待たせることが嫌いらしい。三名の内一番年上に見える真ん中の人物が、英語で話した。
「アメリカからはるばるとお越しいただいて、たいへん感謝しております。私がJCNの代表取締役社長の井田大です。私の右にいるのが、ロボット開発の総責任者の北村陽一郎です…ロン博士は既にご存知でしたね。左にいるのが、通訳の川野祐二です。難しい内容は、彼が通訳します。ようこそ、JCNへ。」
そう言って、社長の井田は手を差し出した。日本人とアメリカ人は、それぞれ握手を交わした。ミスター・イダはアメリカナイズされた男で、英語を流暢に操り、アメリカの文化にも詳しいと言う触れ込みをグッドマンは予め聞いていたが、事実その通りらしい。ミスター・イダは身長が一八五センチほどあり、この二日間で会った日本人の中では最も大きかった。井田は挨拶を終えると、一同に座るように手振りで示した。
「昨日のチャールズ大統領のメッセージをテレビでお聞きして、たいへん驚きました。シリウス人の遺跡発見と、シリウスへの恒星間飛行計画…日本のテレビも、今日はその話題で持ち切りで、我が社も取材攻勢の嵐です。我がJCN社が、現在NASAから請け負っているロボット開発が、ニュー・ダイダロス・プロジェクトに貢献するものであることを知って、社員一同たいへん喜んでおります。今後ともJCNは、更に優れたロボット開発を全社一丸となって進めて参る所存です。」
井田社長は、定型的な挨拶を終えると本題に入った。
「皆様方がご来訪下さる今日の日程に合わせて、新世代ロボットのプロトタイプを完成させました。もちろんまだ完璧ではありませんが、今後開発していくロボットのベースとすべく開発したロボットです。これからプレゼンテーションルームに移っていただいて、ご覧いただきます。尚、ここからはわが社のロボット開発責任者の北村がご案内します。」
そう言うと、JCN側のスタッフが立ち上がり、続いてNDP側のスタッフが立ち上がった。北村が、彼らの方を向いて言った。
「さあ、皆さんこちらへ。足元が滑りますので、ゆっくりとどうぞ。」
ピカピカに磨かれた大理石の床を、一同はゆっくりと歩いた。JCNとNDPの総計十名は、エレベーターに乗り込んで上階へ向かった。

 エレベーターは、最上階の十五階で停止した。一同がエレベーターから降りて、廊下の向かい側にある大きなドアを開くと、見晴らしの良い部屋が広がっていた。明るい陽光が差し込み、東京湾が一望できた。この部屋は、主にレセプションに使用されているらしい。部屋の中には、JCNの研究者達数名が既に待ち受けていた。付き添いのSP三人は、再び部屋の外で待機した。北村は、部屋の中央に半円形に並べられた椅子に座るように、一同に促がした。手前から、井田社長、通訳の川野、ロン博士、グッドマン議員、イングラム事務官、事務担当者の順に座った。
 北村陽一郎。ジョン・グッドマンは、彼を注意深く観察した。JCN社のロボット開発総責任者にして、世界で最も進んだロボット工学技術と知識を持つ男。工学博士であるというだけでなく、幅広い雑学知識も持つと言われる。日本のマスコミは、彼の事をミスター・ロボットと呼んでいる。アメリカのロボット関係者は、北村の頭文字Kを取ってミスター・Kと呼んでいる。彼には人を威圧するような所が微塵も無く、むしろ優しげな表情をしている。どう見ても凡人にしか見えないこの男が世界最高のロボット工学博士なのか、とグッドマンは驚きを持ってミスター・ロボットこと北村を注視した。
 北村は、部下達にプレゼン・ルームのブラインドを閉じるように指示。研究者の一人が壁のスイッチを押すと、部屋中の窓と言う窓のブラインドが閉じられていく。北村が、NDPの一同の方に向いて話し始めた。
「JCNの社屋は、産業スパイ対策を施しているのでご安心ください。それでは皆さん、お待ちかねの新型ロボットをご紹介します。」
研究者達が、ドアを開いて布のかかった物体が乗せられた台車を押してきた。台車は、半円形に並べられた椅子の中央に止められた。北村は、旧知のロン博士を手招きした。
「ロン博士、この幕を引いて下さい。」
NDPのロボット開発技術責任者、リチャード・ロンが立ち上がり、台車の方へ一歩進んだ。北村に言われるまま、ロンは台車上の幕に手をかけた。北村が、仕草でその幕を引くようにロンを促がした。ロンが軽く幕を引っ張ると、幕はスルスルと床に落ちた。
「皆さん、JCN初号機です。」
一同の前に、ヒューマノイド型のロボットが現れた。身長は一七〇センチ程度、白く塗装されたメタルで外装され、とてもスリムだった。見た目にも、このロボットが世界のロボット工学技術の数歩先をいっていることが感じられる。控えめな印象の北村であったが、この時はとても誇らしげであった。
「色々とご説明したいことはあるのですが、百聞は一見に如かずです。まず実際に皆さん自身、このロボットと話していただくのが一番だと思います。」
国防省のイングラム事務官が、質問を返した。
「ロボットと話す?」
北村が、微笑んで言った。
「はい。ご自由にどうぞ。英語で構いません。」
一番近くにいたロンが、最初にJCN初号機に英語で話しかけた。

「初めまして。」
ロボットは、モダンなデザインを施された頭部をロンの方にむけた。カメラと思われる二つの目で、ロンの顔を見据えた。JCN初号機は、音声を発した。
「初めまして。私は、JCN零号ロボットです。あなたのことは存じ上げています、NASAのリチャード・ロン博士ですね。そしてそちらに座っておられるのが、ジョン・グッドマン上院議員、その隣にいらっしゃるのが国防省のジェームズ・イングラム事務官だと認識します。JCN社の井田社長もいらっしゃいますね。他のお二人の方は、存じ上げませんが。」
デジタル音声を感じさせない、とても流暢な英語だった。今度は、イングラムがロボットに語りかけた。
「君は歩けるのか?」
初号機ロボは答えた。
「はい。」
そう言うと、初号機ロボはゆっくりと台車を降りて、二足歩行を始めた。北村は、自分の子供が初めて歩くのを見守るような目付きで、ロボットを見つめている。室内を、人間の歩行速度程度で歩く初号機ロボ。一同は、その動きを眼で追った。二十世紀末に作られたぎこちない歩行ロボットと比較して、とてもスムーズで自然な動きだった。初号機ロボが再び一同の真ん中に帰って来ると、今度はグッドマンが話しかけた。
「私が突然立ち上がって、この椅子を持ち上げ、君にこの椅子を振り下ろそうとしたらどうする?」
この質問には、北村だけでなく、同行したアメリカの面々も驚いて、グッドマンの顔を注視した…一体、グッドマンは何と言う常識外れかつ失礼な質問をしているのだ?しかし当の初号機ロボだけは、まったく平静な様子だった。
「ただここに突っ立っています。」
初号機ロボのその答えに対し、再びグッドマンが質問を返した。
「何故だね?私が君に暴力を振うのだよ?何らかの防御策は取らないのかね?」
初号機ロボが答える。
「第一にアメリカ合衆国の上院議員は、一般にそのような振る舞いをしません。第二に、グッドマン上院議員は知性ある常識人として知られているので、正当な理由もなくその様な行動は取るとは考えられません。第三に、そのような行動をグッドマン氏が取れば、周囲の人々が止める可能性が極めて高く、グッドマン氏は非難されるでしょう。第四に、椅子で殴られたくらいでは、私の丈夫なチタン外皮装甲はびくともしません。これらを総合的に勘案すれば、私は何もせずにここに立っているだけで良いと判断できます。」
一同が、その答えに感嘆の声を上げた。JCN社長の井田ですら、その回答には驚いている様子だった。ただ一人、ミスター・ロボットこと北村だけが満足気な顔をしていた。ロンが、北村の方を向いて言った。
「いや、素晴らしい!一秒足らずの間に、情報を分析して、未知の状況に適切な判断を下す!革命的な新世代のロボットです!」
いつもは冷静でもの静かなロンが、興奮しながら北村の両手を握り、賛辞の言葉を惜しげも無く贈っていた。今後莫大なロボット開発予算を司ることになるグッドマンも、心から喜んだ。海の物とも山の物とも言えぬ代物に、貴重な予算を無駄に費やす可能性がなくなった…と思い、胸を撫で下ろした。議会やマスコミに足を引っ張られるような、詰まらぬ失敗だけは御免蒙りたい。
 その後、初号機ロボの具体的な性能、費やされた最新技術等々が、北村の口から語られていたが、ジョン・グッドマンは上の空だった。これで、NDPの半分の目処はついた。残り半分のマクギリス達が受け持つ恒星間航行宇宙船開発、これが順調に進むことを祈ろう。ジョン・グッドマンは、人類の未来に大きく貢献し、必ずや後世に名を残す人間の一人となるのだ。