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第一章 極秘会議

 サンタ・マリア市。ジョン・グッドマン上院議員は、何故自分がこのような西海岸の、名前も聞いたこともない地方の町に向かっているのか理解できないでいた。ワシントンでも、ニューヨークでもなく、ロサンゼルスですらない。二〇二一年五月十三日の早朝、ニューヨークを出発し、午後一番にジェット機でロスへ着いた直後、リムジンでも高級セダンでもない日本製小型車の後部座席に乗せられ、休む間もなく北へ向かっている。表向きは、個人的な短期休暇ということになっており、記者もそして秘書すらも動向していない。休暇を装うため、ポロシャツにデニムパンツという出で立ちで、荷物はボストンバッグ一つ。五月で、半袖のポロシャツでは少々肌寒い。
 彼が三日前、盗聴防止機能付きの電話の受話器を取った時、その受話器の向こうから聞こえてきた声は、宇宙長期開発計画委員会の委員長であるマイケル・コリンズ上院議員の声だった。彼より当選回数が3回も多い。と言うことは、彼より遥かに狡猾であり、深謀遠慮の才に長けているということだ。彼の周囲には、宇宙開発関連のロビーイスト達が常に群がっている。と言うことは、彼には宇宙開発関連企業から多額の政治資金が流れ込んでいるということでもある。そんな彼の機嫌を損ねるのは、今後の政治家生命を考えると決して好ましいことではない。ジョンは宇宙開発計画委員になってまだ二年だが、マイケル委員長は委員歴十年と言う強者である。彼の祖先はアイルランド出身で、祖国の伝説的英雄の名前にちなんで、両親が彼にマイケルという名前を付けた…と議員自身がテレビのインタビューで語っていた。彼は、その名に恥じぬような頭脳と行動力を持ち合わせていた。その彼が、宇宙長期開発計画委員会の非公式の会合を持ちたい旨を伝えてきたのだ。宇宙開発関連の情報というのはそもそも極秘扱いのものが多いのだが、わざわざ田舎町に呼び寄せての会議を開くというのは、余程のことなのだろう。それにしても、何故サンタ・マリア市なのだろう?
 グッドマン議員は、日本製小型車…どうやらホンダらしい…を運転する男を斜め後ろから見やった。男は、二十代後半か三十代前半といったところか。グッドマンと同様にポロシャツを着てラフな格好を装っているが、服の下の筋骨隆々の身体つきは隠せない。サングラスを付けているため、目付きは分からない。どこの機関の人間かは知る由もないが、運転中に何らかの危機が訪れれば適切に対処するのは間違いない。ダッシュボードの中には、武器も隠してあるのだろう。アメリカ合衆国の上院議員には、それだけの敬意が払われて当然なのだ。グッドマンは、ドライバーに声をかけた。
「サンタ・マリア市までは、あとどれくらいかね。」
ドライバーは気負うことも無く、それでいて緊張感を損なわない程度の声で答えた。
「あと三十分ほどで到着です、議員殿。」
 グッドマンは、ひたすら続く草地の丘や時折見える海を見ながら、今回召集された理由についてあれこれ考えていた。他の委員たちも同じように呼び出され、同じように今回の会議の内容について思い巡らせているに違いない。
 グッドマンを乗せた車が、サンタ・マリア市内に入った時、時計はすでに午後三時半を回っていた。市内は道路も区画も、チェス盤の目のように整然としていた。高層建築物は見当たらず、ほとんどが二階建てもしくは平屋の建造物である。小型のホンダ車は、どこにでもありそうな二階建ての建物の前に停まった。政府の要人が集まるような建物には、まったく見えない。鉄筋の骨組にコンクリートの壁、その壁には外壁材が貼られ白く塗られている。地方によくある小企業のオフィスの典型のような建物。駐車スペースには、グッドマンが乗っているような小型大衆車がすでに十台以上停まっている。他の委員たちも、既にここへ来ているのだろう。メルセデスやジャガーのような高級車は、一切見当たらない。徹底したカモフラージュだ。
 ドライバーが建物の前にホンダを停めると、建物の中から二人の男が出てきた。おそらくはドライバーと同様にSPか何かなのだろうが、やはりラフな格好をしていた。その内の一人が、車のドアを開いた。
「お待ちしておりました、グッドマン上院議員。こちらへどうぞ。」
彼がホンダから降りて建物へ歩いて行くと、もう一人がトランクからグッドマンのボストンバッグを取り出し、議員に続いて建物の中に入っていった。
 建物の入り口はかなり質素で、観葉植物が置いてあるだけだった。グッドマンは、油彩の絵が一枚だけ掛かっている廊下をSPらしき男に付いて歩いていく。廊下の突き当たりにはロックをされたドアがあり、男がカードをソーターに通し、4桁の暗証番号を押してドアを開く。ドアの向こう側は、エレベーターだった。こんな小さな二階建ての建物にエレベーターが付いている理由が、グッドマンには分からない…バリアフリーが目的という訳ではなさそうだ…。二人の男の内一人はドアの外に残り、もう一人に付き添われてグッドマンはエレベーター内に入った。男は、Bと言うボタンを押した。二階と一階とBのボタン。地下へ向かうのだろう。グッドマンは、男に聞いた。
「地下一階に行くのに、わざわざエレベーターを使うのかね?」
男は、その質問を待っていたかのように答えた…おそらく、今日一日で何度もその質問をされたのだろう。
「地下一階は、地下三十メートルの所にあります。階段でも行けますが、一汗かくことになりますよ、上院議員殿。」
地下三十メートル?こんな誰も知らないような田舎町に、そのような政府の施設があったとは初耳だ。もっとも誰にも知られていない場所だからこそ、わざわざ集められたのだと思うが。
 エレベーターは、地下の階に着いて停止した。扉が開く。扉の外には男がもう一人待機していて、グッドマンの誘導をその男が引き継いだ。グッドマンが降りると扉は閉まり、入り口で出迎えた男を乗せて、エレベーターは再び1階へ戻って行った。
 一直線に続く廊下は、一階と同様に殺風景だった。正に、実用一点張りと言った風情の建物である。廊下の左右には、厳重にロックされたいくつもの扉があった。一体、ここではどんなことが行われているのだろうか?グッドマンは、廊下の突き当たりの一番大きな扉の前まで連れて来られた。誘導係の男は、ドアの横にあるセンサーを覗き込み、同時に親指を半透明のプレートの上に置いた。瞳の虹彩と指紋をスキャンするシステムらしい…両方が一致しないと開かないのだろう。カードに、暗証番号に、指紋と虹彩の照合…こんな田舎町の小さな建物には不釣合いの厳重なシステムである。十秒ほど経つと、システムは照合を終えてドアのロックを解除した。ドアが静かに開くと、男は言った。
「さあ、どうぞお入りください。上院議員殿。」
グッドマンは、促されるままに部屋の中に入った。そこは何の変哲もない部屋で、コンピューターやディスプレーがズラリと並んでいるのを期待していた彼は、拍子抜けしてしまった。
 部屋の中には、すでに宇宙長期開発計画委員会の委員達が円形のテーブルを囲んで座っていた。お馴染みの面々である。
「やあ、グッドマン。旅は、快適だったかね?」
最初に声をかけたのは、彼と同じ共和党の上院議員ケニー・マクギリスだった。
「ずっと座り続けてたんで、尻が痛いね。」
と、グッドマン。
「そりゃあ、お気の毒様。また、ここに座ってもらわなきゃならんな。」
そう言って、マクギリスは隣の空いている椅子を引いた。グッドマンは、その椅子に座った。委員の数は、総勢十二名。自分とマクギリスと同様の議員が六名、国防省の事務官が二名。他にNASAの技術部門と管理部門の人間が二名。そして、民間の宇宙開発関連企業関連の人間が二名。内、議員の一人とNASAの一人の計二名が女性だった。全員が、ポロシャツやボタンダウンに身を包んでいる。これだけの錚々たる齢を重ねたメンバーが、ゴルフかテニスにでも行きそうなラフな格好で会議室に集っている様子は、どこか滑稽で戯画的ですらあった。この全員が守秘義務の宣誓書に署名しており、例え上院議員と言えども、その情報を漏洩した場合には国家反逆罪と同等の制裁が科される。
 委員の内、十一名が既に席に着いている。メンバーでまだ来ていないのは、委員長のマイケル・コリンズ上院議員だけだった。おそらくこの建物内のどこかにはいるのだろうが、コリンズは最後に登場することで彼の立場の重要性をアピールするつもりなのだろう。食えない奴だ…と、グッドマンは思った。
「会議は何時から?」
と、グッドマンが隣のマクギリスに尋ねた。
「四時からと聞いてるが…。ところで、今回の会議の内容について何か聞いてるかね?」
マクギリスは、コリンズに次いで当選回数の多い議員だった。コリンズが委員長の座を退いた後は、マクギリスがその座に就くだろうと言う専らの評判である。そのマクギリスですら、今回の会議の招集理由を聞かされていないなどと言うのはちょっと信じられないが、彼は狡猾なコリンズよりも率直な男なので、本当に会議の内容を知らないのかもしれない。いずれにせよ、老獪な策を練って行動するのが日常茶飯事の政治の世界にあっては、何かを断定すると言うのは危険である…と、いつもグッドマンは肝に銘じていた。
「いや、何も聞いていないが。火星への有人飛行計画はペンディング中だし、新型実験宇宙船の完成はまだ時間がかかるはずだし。まあ、5分後にははっきりするでしょう。」
時計は、三時五十五分を回ったところだった。
四時きっかりに、マイケル・コリンズがネクタイを直しながら入ってきた。最後に登場するが決して遅刻はしないことで、約束を厳守する人間であることをアピールし、ネクタイを直しながら入室してくることで、直前まで仕事をしていたことを皆に暗示させる。この男は狡猾である一方、あまりに皆が分かりやすい行動を取ることでも知られていた。選挙民には分かりやすさも必要であることを、コリンズは熟知している。彼は、将来大統領にでもなりたいのだろう、とグッドマンは思った。宇宙長期開発計画委員会の委員長は、その布石に過ぎないのだろう。コリンズ委員長は、円形のテーブルの入り口から最も離れた席の前に止まり、立ったまま話した。
「委員の皆さん、こんにちは。はるばる遠くから、サンタ・マリアまでお疲れ様でした。各々、個人的な休暇と言う形を取っていただいて、新聞記者やテレビ・レポーターの目を眩まして下さったことに、心より感謝申し上げます。こんな極秘裏に会議が召集されたことで、皆様の間に様々な憶測が生じているかもしれませんが、その件はこれから追々明らかにして行きますので、今しばらくお待ちください。」
コリンズは委員一同をゆっくり見回すと、先を続けた。
「公式の召集という形ではなく、なぜ秘密裏にここまでお越し頂いたかと言うと、より厳密な意味での守秘体制が必要だったからです。残念ながら、ワシントンにあるいつもの政府の施設では、情報が漏れる可能性がありました。この施設は軍事施設並みの保安性があり、配置されている人間も第一線級の信頼できるエージェントです。盗聴も絶対不可能です。ここは、公式には地方の広告代理店の建物となっており、実際に地上階では政府の要員がその仕事をこなしています。」
彼はここの建物がどこの省庁に属しているのか、エージェントはどこの部局の者なのかといった事は、一切明かさなかった。彼は一息入れてから、話を続けた。
「そこまで念を入れて、この会議を招集しなければならなかった理由を申し上げます。アメリカ合衆国政府は、異星人文明がこの地球を訪れた明確な証拠を手に入れました。」
コリンズがそう言うと、委員たちの間にざわめきが起こった。グッドマンも、不意を突かれた…異星人?まったく予期していなかったものだ。隣のマクギリスも同様な様子で、やはり今回の会議の目的は何も知らなかったようだ。委員長のコリンズは、ざわめきが収まって注意がもう一度自分に注がれるまで間をおいた。
「昨年二〇二十年の夏、日本のテレビクルー達が、アオキガハラと呼ばれる樹海の風穴を取材中、地下深くで異星人たちの遺跡を発見しました。わが国のエージェントがその事実を突き止め、日本国政府に働きかけて速やかにその情報を封印しました。現在、アメリカの優秀な科学スタッフが、極秘裏に綿密な調査を続けています。…ここまでの発言で、何かご質問は?」
全員唖然としている中、民間企業関連の委員の一人が口を開いた。
「異星人の遺跡とは?漆黒のモノリスが発見されたわけでもないでしょう?」
通常の会議なら笑いが漏れる発言だが、この時は誰も笑わなかった。質問した委員自身も驚きのあまり口を開いてしまったようで、自分が発した質問にばつが悪そうだった。
「詳しいことは、まだ調査中で明確でない点もありますが、アオキガハラの地下に完璧に滑らかな断面を持った、直系十キロにも及ぶ古代の人工のドーム型施設と遺品が発見されました。」
別の委員から、質問の手が入った。
「戦時中に、日本軍が作った施設という可能性はありませんか?日本の建築レベルは、当時も高かったと聞いていますが。」
「あり得ません。なぜなら、地層の調査および同位元素の測定によって、少なくとも八十万年前に作られたドームだと判断されたからです。」
再び委員たちの間に、ざわめきが起こった。コリンズは言った。
「それでは、先に続けさせていただきます。ドームには、様々な異星人の物と思われる遺留品が数多く残されていました。科学スタッフはそれらを一つ一つ綿密に調べ、彼らがやってきた星系を突き止めました。」
コリンズは皆が体を乗り出すようにして耳を傾けているのを見て、わざと一拍おいて言った。
「彼らは、シリウス星系からやって来たと確定されました。」
委員たちはただ聴くのが精一杯で、どう反応すれば良いのか判断できずにいた。普段は狡猾な政治家達も、押し黙ってしまった。皆、見当違いな発言をすれば恥をかく、と言うことだけは理解している。コリンズ委員長は、長年の経験から質問は出ないと判断して話を続けた。
「どのような証拠によって、彼らがシリウスから来たと断定できたのか。彼らは何者で、何を目的に地球に来たのか。これから我々は、どう対処すべきなのか。委員の皆さんが知りたいことは山ほどあると思いますが、専門的なことはNASAの委員、リチャード・ロン技術管理官に説明していただきたいと思います。ロン博士、よろしく。」
コリンズは彼の右隣に座ってる男にそう言うと、椅子に座った。
 リチャード・ロンは中国系アメリカ人で、NASAから派遣されている三人の宇宙長期開発計画委員の一人である。髪は東洋人らしく黒々として、平均的アメリカ男性より小柄である。彼は、委員一同に対して一礼して立ち上がった。グッドマンは日頃忙しいので、委員十二人全員を詳しく知っているわけではなかった。ロンについて知っていることは、あまり多くない…量子論についての優れた論文を書いていること、MITで博士号を取った事、そして現在NASAで働く技術管理官であること、くらいである。
ロンは、部屋の隅へ行くと、壁に設置してあるパネルのスイッチを押した。部屋の照明が暗くなり、同時に部屋の奥の壁が開いて、百インチはあろうかと言うスクリーンが現れた。委員一同が、スクリーンとその前に立つロン委員を注目した。ロンは、かなり緊張しているようであった。
「リチャード・ロンです。不必要な疑念を持っていただきたくないので、初めにお断りしておきたいのですが、この委員会で予め今回のことを知っていたのは、コリンズ委員長と私とNASAの同僚のジェニファー女史、国防省の事務官ドノバン氏とイングラム氏の五名だけです。NASA内でも、これを知っている人間は極限られた人間だけです。私が、今回の遺跡発見を知らされたのが昨年末のことで、主に技術的・専門的な観点から助言を求められました。それ以来、NASA内にも極秘のチームが結成され、様々な観点から調査・研究を行っています。」
そう言うと、ロンは振り向いてパネルの再生スイッチを入れた。大画面スクリーンに、木々が生い茂った風景と、そこにポッカリ開いた洞窟のデジタル・フォトが映しだされた。
「ここは、アオキガハラと呼ばれる樹海に、数多く発見されている風穴の一つです。この風穴が他とまったく違うのは、それが数十キロに渡って地下へ続いていたことです。」
ロンは、次のフォトを映し出した。滑らかな漆黒の壁がライトに映し出されているようで、その手前にヘルメットを被った何人かの人物が立っていた。
「これが、問題の巨大ドームの壁です。直径が十キロもあり、撮影時に屋根を照らす十分な光量が得られなかったので、全体像をお見せできません。それほど巨大です。八十万年前は地上にあったようですが、火山の噴火や自然の堆積物で地底に埋もりました。しかし膨大な質量の土石に耐えて、ドームはその姿を完全に保っています。」
彼は、また次のフォトを写した。スクリーンには、様々な物体が映っていた。金属プレートに見えるもの、箱のような形をしたもの等が並べられている。いよいよ、話は核心に近づきつつあるな、とグッドマンは思った。これが、シリウス人の残した宝物の数々に違いない。
「ドーム内には、多くの貴重な遺留品が残されていました。これらは八十万年経った今でも、十分に情報源として有効です。これは驚くべきことです。私たち人間の社会には、残念ながらここまで長年に渡って、完璧に情報を伝える媒体は存在しません。我々の情報媒体の基幹を成す磁気記録媒体から光記録媒体に至るまで、すべて炭素体をベースにしており数世紀と持ちません。本などの紙媒体は保存条件が良ければ、数千年は持つかもしれませんがやはり数十万年という時の流れの中では、完全に朽ちます。一番長く情報を伝える方法は、石板なのですが…石に文字や図形を刻む方法がもっとも耐久性があります。悲しいことに、情報伝達の耐久性に関しては、私たちの文明は石器時代と大して変わりありません。もっとも石板では伝える情報量と質は、かなり限られてしまいますが…。しかし、彼らは完璧に情報を伝える媒体を持っていました。」
そう言って、彼はスクリーンの中の金属プレートを指差した。円形の金属プレート。ロンがそれを見てしばらく黙ってしまったので、委員の一人が質問した。
「それは、何ですか?旧式の…その二十世紀のレコードに見えますが…。」
ロンは、その委員の方を振り向いた。
「いや、とても良い事を言って下さいました。これをどう説明しようかと、迷っていたのですが…そう、これは正にレコードなのです。」
しばらく静かにしていた委員たちから、再びざわめきが起こった。
「レコードのように、金属に溝を掘ったものです。ただ金属の耐久性が、とてつもなく高いのです。例えばチタニウム合金は、酸化に耐え、高熱に耐え、硫酸や塩酸にも耐え、金を溶かす王水にさえ耐えますが、この金属プレートはその数倍の耐久性を持っています。我々の技術では、現在このような合金を作り出せません。文字や記号を刻んだ石板が最も耐久性があると先程言いましたが、この合金レコードは正に細密情報の石板なのです。」
ロンは、四枚目のフォトを映し出した。金属プレート表面をズームした画面で、その緻密な溝がはっきりと見ることができた。
「この金属プレートには、高密度の溝が掘られています。単なる溝の記録でしかないのに、これ一枚で1ギガバイト分の情報量があります。シリウス人は、我々の理解の及ばない情報記録技術を持っているかもしれませんが、わざわざこれが高度な読み取り技術を必要としない原始的なプレートとして残されたのは、これは後世の私たちが解析できるように確信犯的に残されたのだと考えることができます。ここでは敢えてこの金属プレートを、”レコード”と呼ばせていただきます。さて、この委員の皆さんの最大の関心事は、このレコードに何が記録されているか…ということだと思いますが…。」
と言いながら、彼は五枚目の写真に進んだ。続けて、数枚の写真を映し出した。風景や動物、植物の写真だった。
「ここに写されている写真は、今から八十万年前の地上の表面です。このレコードには、当時調査した地球の環境から生命に至る様々な情報が詰まっています。これらの情報は、学問の様々な分野に多大な影響を与えるほどの貴重な記録が山ほど詰まっています。それらを説明するには、とてもこの会議での時間では足りません。レコードの九十九%の情報は当時の地球の調査報告ですが、残りの一%にシリウスから来た彼らに関する情報が含まれています。」
ロンは、次の写真に進んだ。太陽系を模式図化したような絵が、スクリーンに写された。
「この太陽系は、シリウス星系のものです。シリウスは、地球から8.6光年も離れています。恒星が二つ描かれていますが、シリウスは連星で、大きい方が主系列星のシリウスA、小さい方が伴星の白色矮星のシリウスBです。惑星が六つ描かれていますが、内側の軌道に地球型惑星が三つ、外側の軌道に木星型惑星が三つです。木星型惑星の中で最も大きいものは、内側から数えて四番目の惑星で土星より少し大きい程度のものです。シリウス人の故郷は、内側から二番目に位置する地球型惑星です。この惑星の自転周期は地球時間で約三十時間、公転周期は四百四十三日です。」
スクリーンには、シリウスの第二惑星を示すと思われる図のアップが映し出された。
「フランク・ドレイクの式に最新の情報を当てはめて計算しても、二千億の太陽を持つ銀河系の中で、地球型惑星の数は五%以下と考えられます。地球型惑星で生命が生まれ、かつそれが知的生命体に進化する確率は、一%もありません。宇宙に進出できるほどの高度なテクノロジーを持った文明が、我々の太陽からわずか十光年以内の所に、我々の文明とたった八十万年程度の時間差で存在したことは、正に奇跡と言わざるを得ません。天文学者は、シリウス星系に生命が誕生する確率は非常に低いと考えていましたが、このレコードの情報によれば確かに彼らはこのシリウスの第二惑星から来たのです。」
リチャード・ロンは、そこでスクリーンのスイッチをOFFにした。画面は真っ暗になり、同時に部屋の照明が明るくなった。ロンは委員たちの方へ向き直って、説明を続ける。
「彼らがこの地球を訪れた目的は、純粋に調査のためのようです。驚くべきことに、彼らはケンタウリやバーナードを初めとするこの近隣の恒星にも探査チームを送っていたようで、地球探査はその探査計画の一部のようです。彼らは、我々より遥かに進んだテクノロジーを持ち、恒星間航行の技術を確立していました。以上、今回のアオキガハラ関連の調査の要約です。ご質問は?」
グッドマンが今までもたらされた情報を、頭の中で必死に整理しようとしていると、隣のマクギリスが挙手をして発言を求めた。
「どうぞ、マクギリス委員。」と、ロン。
マクギリスが、丁寧に切り出した。
「委員の説明で、ここまでの経緯の概略は分かりました。しかし説明の中で、シリウス人がどんな容姿をしているのか、どのような文明を持っているのかと言った最も重大な点が触れられておりませんでしたが…。それらは、我々委員に対しても極秘事項なのでしょうか?」
ロンは、質問に即座に答えた。
「そういうことでは全くありません。これほどの遺跡と詳細な記録が残されていながら、彼ら自身の情報や文明に関する情報は一切、何処にもないのです。彼らが来た星の位置や、当時の地球の細かな記録があるにも関わらず、です。おそらく、意識的に記録されていないのであり、何らかの意図があるのだと思われます。これは私の推測でしかないのですが、シリウス人は我々が彼らの星へ到達する技術を手に入れ、彼らの星へ辿り着いた時に、初めて正体を明かすつもりではないでしょうか。これは、あくまでも私見ですが。他に、質問はありませんか?」
それ以上の質問はでなかった。ロンが役目を終えて着席すると、再び委員長のマイケル・コリンズが立ち上がって言った。
「委員の皆さん、今までの報告を聴いてさぞかし驚いた事と思います。実は、私もこの報告を初めて聞いた時には、我が耳を疑いました。」
コリンズは、そこで一旦息を大きく吸い込み、委員一同を見渡した。
「そこで、我々はこれから一体何をすべきなのか、また実際に何を成し得るのか、をNASAのチームと検討しました。それをこれから皆さんにご説明したいと思いますが、その前に長旅と緊張で疲れていることと思いますので、コーヒーでも飲んで一息いれましょう。」
コリンズが監視カメラに合図するとドアが開き、コーヒーを持った体格の良いエージェント達が入ってきた。
 コーヒーが配られる間、委員全員が余計な会話をせず口をつぐんでいた。告げられた情報の重大さ、次に展開される話の内容について、各々考えを巡らせているのだろう。グッドマンも、コーヒーに口を付けながら、久々に血が沸き立つの感じた。今までは、魑魅魍魎達の政治の世界でいかにうまく立ち回るかのみに心血を注いでいたが、これは人類すべての命運がかかった話なのだ、と自分に言い聞かせた。目に見えない重要な使命に使える…政治家を目指した若き日に抱いていたあの頃の思いが、自分の胸の内に湧き上がってくるのを感じた。
 委員長のコリンズは、頃合いを見計らってしゃべり始めた。
「さて、我々に何ができるのか。政策的観点、技術的観点、費用的観点から、NASAのチームと検討を重ねました。これから述べる案は、まだ素案であり欠陥もありますが、現在の時点では最良の案であると確信しています。再び、ロン博士に説明願います。」
コリンズが座ると同時に、NASAのリチャード・ロンが立ち上がった。緊張感が取れたせいか、先程より落ち着いた様子で話し始めた。
「再びご説明させていただきます。私たちが採り得る策は、シリウス星系への無人探査機派遣と、シリウス星系への有人宇宙飛行、この二案です。それぞれに一長一短がありまして、いずれも難しい技術的、コスト的問題を含んでいます。無人探査機の問題は、太陽系から離脱する頃には電波による制御が困難になること。重大な故障や、予期せぬ問題があった場合に対処不能なこと。そして何よりも重大な点は、無事シリウス星系に着いても、複雑な探査やシリウス人とのコンタクト…もし、まだシリウス人の文明が残っていると仮定してですが…が難しい点、地球への帰還軌道に乗せることが困難な点です。」
そこで、ロンはちょっと深呼吸をした。そして、先へ続けた。
「一方、有人飛行の問題点ですが、まずコストの点です。複数の人間を恒星間飛行に送り出して、無事に帰還させる宇宙船の建造には、二十世紀のアポロ計画を遥かに上回る費用が必要となるでしょう。費用だけでなく、膨大な開発期間が必要となります。残念ながら二〇二一年現在でも、一番近い火星に宇宙飛行士たちを無事に送り届けられる宇宙船を開発できておりません。生命維持装置、とりわけ空気や水や食料のリサイクル装置、そして外部から降り注ぐ強力な宇宙線を防御する装置が、完璧ではないのです。シリウスへの飛行は、火星への飛行とは比較にならない困難を伴います。8.6光年も隔てたシリウスへの飛行は、とても長いものとなるでしょう。数十年に渡って宇宙で過ごさねばならない生理的な問題点も、解決できないでおります。現実的な問題として、シリウスへの有人飛行は技術的、経済的に不可能です。そこで、私たちは無人探査と有人飛行の間を埋める折衷案を作成しました。」
そう言って、ロンは再びスクリーンのスイッチを入れた。スクリーンに、現在開発中の実験宇宙船が映し出される。委員一同は、ロンからスクリーンの方へ目を移した。ロンは、その実験宇宙船を横目で見ながら話し続けた。
「これは、皆さんがご存知の開発中の実験船です。太陽風や恒星間風を捉えて飛行するための巨大な高分子膜帆による宇宙飛行のためのデータを取るための宇宙船です。我々は、この実験船をシリウスとの恒星間航行用に改良して、複数のロボットを乗せたいと考えています。」
博士の案を聞いて、委員たちが顔を見合わせた。委員の一人が、声を漏らした。
「ロボット?」
ロンは、その委員の方を向いた。
「そうです。ロボットです。ロボットであれば、食料や水や空気などの生命維持サイクル装置は必要ない上に、航行時の宇宙船の故障やトラブルなどに対応可能です。ロボット自身の故障や破損時にも、パーツの交換で任務の続行が可能です。ロボットの居住スペースは最小で済むので、宇宙船自体も有人飛行用より遥かに小さく作ることが可能です。そして何より、シリウス星系に到着した後、惑星探査やシリウス人とのコンタクトすら可能でしょう。開発中の実験船を大幅に改良して、ロボットを乗せてシリウスに送る…これが我々の提示する案です…。何かご質問はありませんか?」
彼がそう言うと、今回は多くの委員たちが発言を求めて挙手をした。彼らも、宇宙長期開発計画委員会の委員だけあって、突然降って沸いた宇宙人の話や考古学の話はともかく、宇宙関連技術に関しては深い知識と洞察力を持っていた。最初に発言を許可されたのは、マクギリスだった。
「現在の実験船の到達目標速度は、確か秒速百キロ程度だったと思うが。改良したとしても、シリウスとの往復に何千年もかかるのでは、科学探査としては実質的にあまり意味がないのでは?」
ロンは即座に応えた。
「実験船には高分子膜帆だけでなく、二つの駆動装置を載せる事になるでしょう。一つは、まだ開発中の重水素を燃料とした核融合推進エンジン、もう一つは従来のロケット燃料推進エンジン、そして従来の実験予定より遥かに巨大な高分子帆、この三つの推進方法を組み合わせながら、航行するのです。最もロケットエンジンは、緊急時やロケットの姿勢制御に使われるだけですが。核融合エンジンの噴射と、太陽風や恒星間風の利用で、最高巡航速度は光速の五十%、最高脱出速度は光速の七十%に達すると、我々は試算しています。理論上は、シリウスまで二十年足らずで到達できます。」
質問をした当のマクギリスですら、その答えに驚いた。現実的な宇宙計画において、初めて”光速”と言う言葉が登場したのではないだろうか?別の委員が質問を発した。
「ロボットの問題は、どうなのでしょうか?そこまで複雑な任務を達成できるほど、ロボット工学技術と言うのは進んでいるのでしょうか?」
ロンは、今度はその委員の方に向き直った。
「宇宙開発技術は我々アメリカが世界を一歩も二歩もリードしていますが、残念ながら委員の指摘通り、ロボットの開発は他の国々、取り分け日本に大きく遅れをとっています。ロボット開発に関しては、日本の企業の協力を仰ぐことになるでしょう。」
 その後、何人かの委員たちから質問が発せられたが、ロンはそつなく返答した。一通り質疑応答を終えると、ロンは着席した。委員長のマイケル・コリンズが立ち上がり、一同の方に身を乗り出す。そして口を開いた。
「皆さん。今日の会議では、色々と驚かれたことと思います。今回のシリウス人の遺跡発見のニュースと、我々のシリウス星系への飛行計画は、人類史上最大のプロジェクトとなるでしょう。有人飛行よりコストは安いとは言うものの、ロボットによる恒星間飛行でも莫大な費用がかかるでしょう。不況が世界を覆っている現在、アメリカ一国だけでは、残念ながらこのプロジェクトの費用をまかないきれません。近いうちに、大統領が今回の発見と計画を、全世界に向かって発表するでしょう。アメリカが中心となり、アジアやヨーロッパ各国が協力して、このプロジェクトを推進することとなると思います。委員の皆さんには、今後かつて無かったほどの無私かつ多大な働きをしていただくことになると思います。我々が一枚岩であれば、必ずやこの素晴らしいビッグ・プロジェクトは成功するに違いないと確信します。宇宙船が地球とシリウスを往復するのに、四十年かかります。宇宙船が帰還するその日には、ここにいる委員の多くは、私も含めてですが、もうこの世にはいないかもしれません。しかし、我々が見せた努力と勇気は、私たちの子供の代、孫の代まで語り継がれるでしょう。我々は、人類の未来に大きく貢献するのです。」
さすがコリンズ…長年政界で鍛えただけはある話術…一瞬で人心を掌握してしまった、とグッドマンは思った。とは言うものの、彼の言っている事は単なるパフォーマンスではなく、真実であることも彼には分かっていた。この計画には、人類の未来がかかっている。彼はこの会議を通じて、若き日の夢とロマンが心にふつふつと沸いてくるのを感じていた。この機会に、ありとあらゆる企業がこのビッグチャンスを狙って一儲けしようと、政治家や官僚と結託して、計画に割り込もうとしてくるだろう。しかし、今まで培ったありとあらゆる政治的手腕と手段を講じて、この計画を後退させるもの、阻害するものを、すべて排除しよう…グッドマンは、そう心に誓った。