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第三十八章 プレオープンと予期せぬ訪問者

 翌日からも、開店準備のための忙しい日々が続いた。
 大竹は相変わらず午前中だけ手伝いに来てくれたが、大船は日中はもう来られない。坂野と大森は、大船の幅広い知識と助言がいかに素晴らしいものであるかを、その不在によってはっきりと悟った。いずれにせよ、開店したら坂野と大森の二人で店を切り盛りしていくのだから、早くそれに慣れないといけない…坂野はそう思った。
 午前10時過ぎに、二人の名刺と店のチラシが印刷屋から届けられた。坂野はその名刺とチラシを持って、近隣へのご挨拶も兼ねて開拓営業を開始する。買ったばかりの真新しい濃紺のスーツを着て、いざ出陣!
 一方、病み上がりの大森は、店舗でコンピューターの使い方の習得に努めた。元々タクシー運転手だった大森は、お客さんとの会話や対応には慣れていたから、開店後は店舗内での接客を担当する予定である。

 坂野は、徒歩で近隣の住宅を一軒一軒、丁寧に回った。元々積極的な性格の坂野には、外回りの営業は苦にならなかった。たいていはインターホン越しの会話で門前払いではあったが、中には玄関のドアを開いて対応してくれる方もおられた。
 坂野の元来の明るい性格と丁寧な言葉遣いのせいか、初日にして積極的に話をしてくれる主婦の方に出会えた。
「ちょうど良かったわ!掃除機とポット、新しいのを買ったから、前のを処分しようと思っていたのよ!良かったら、持って行って」。
「ありがとうございます。後ほど車で、引き取りにお伺いさせていただきます」。
リバイバルショップのお客様第一号であった。坂野は、この主婦の顔を一生忘れないだろう。

 忙しい毎日が続く。廃品回収は、予想以上に順調だった。それは、いかに各家庭に無用な品々があるかと言う事実も示していた。坂野は、日中は営業と廃品回収に回り、夜、収集した廃品にどう付加価値を付けるか大森と検討した。ある物はピカピカに磨き、ある物はニスを塗り直したり、塗装し直したりした。大船が言っていたように、将来的にはお客の希望する色の塗装サービスも良いかもしれない。
 プレオープン日の前日までには、倉庫の棚の半分以上の廃品回収ができた。予想以上のペースである。その中から、売りに出しても恥ずかしくないくらいに補修や塗装が完成した品々を、店舗内の棚やショーウィンドウに美しく並べた。棚いっぱいに、ギュウギュウに押し込まない。坂野は、単なる廃品回収屋に留まることの無いように、ことのほか商品自体の美しさと、店舗内の商品陳列の見やすさにこだわった。
 そして、プレオープン日の4月15日を迎える。その日には、大船が一日休みを取って手伝いに来てくれた。大竹も、午前中と夕方以降のみと言う時間限定で手伝いに来てくれた。
 店の入口前には、20名以上の行列ができている。いよいよ開店時間、午前10時となった。いざ、開店!チラシと交換で一人一人に、木製フレーム入りのルネッサンス名画ハガキセットを渡す。狭い店内は、あっと言う間に人で埋め尽くされた。半数のお客が物見胡散と記念品受け取り目的で来店しているようではあったが、中には興味を持って陳列された商品を繁々と眺めるお客もいて、実際に買っていく人もちらほらと現れた。
 その日は、午後7時の閉店まで断続的にお客はやって来て、プレオープン日の来店者総計は350名を超え、その日の売り上げは20万円に達した。開店初日は、大盛況かつ大成功だった。
 閉店後、坂野と大森と大船と大竹の四名で、手分けして裏の倉庫から品物を出してきて、プレオープン二日目のための商品陳列を始めた。
 8時過ぎに、店の前に一台の車が停まった。坂野がその車を見ると、見覚えのあるアウディのセダンだった。彼が十二月に決死の覚悟で当たり屋を敢行した、大船の会社のアウディである。坂野は理由がよく分からず、大船に言った。
「大船さん、会社の車が来たみたいだけど…何だろ?」
大船はそれを聞くと、坂野の方を振り返ってただニコニコと微笑んでいた。するとすぐに入口のドアを開いて、二人の男性が大きな袋を抱えて入ってきた。一人は、運転手の戸田秀夫である。そして、もう一人は…坂野は自分の目を疑った。
「山田…山田正一郎!?」
その男は、かつての坂野の部下、山田正一郎であった。昔のように七三分けの髪型で、鼈甲メガネに地味なグレーのスーツ。年は多少取ったものの、当時とほとんど変わることの無い山田の姿だった。
「お久しぶりです、坂野社長」。
山田はそう言って、坂野に握手を求めた。坂野は、乞われるままに右手を差し出して握手をした。坂野の頭は、混乱している…何故、山田が??そこで初めて、大船が事情を説明した。
「私の上司、港中央食品ダイエット食品事業部部長の山田です」。
「正一郎、いや失礼…山田さんが、大船さんの上司だったのですか!転職先って、港中央食品だったのかぁ~!」
様々な点と点が、目に見えぬ不思議な導きですべて一本の線でつながった。大船が言った。
「この店の開業準備に関して、裏で色んな助言を下さったのが、実は山田部長なんです!財務や税務などに関して、私を長年指導してくださったのも山田部長なんですよ。そうでなければ、私一人であそこまでアドバイスなんて、とても無理でした。それに、課長である私が休暇を取れたのも、山田部長の理解があってこそでした」。
坂野にとって、またまた大船が用意してくれたビッグサプライズだった。
「坂野社長、開店本当におめでとうございます。これ差し入れです。みんなで食べてください」。
山田がそう言うと、山田と戸田は大きな包みを坂野と大森にに手渡した。大森が言った。
「それじゃぁここらで休憩にして、夕食にしましょう」。
坂野、大森、大船、大竹、山田、戸田の6名は、2階に移動した。狭いダイニングテーブルで一緒に夕食を取りながら、山田や坂野や大船の過去の話しに花が咲いた。
坂野は失っていた大切なものを、思いがけずまた一つ取り戻した。