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第三十六章 坂野と大森の新しい城
その日の夕方、遂に大森は新しい我が家に足を踏み入れた。大森が感激している事が、坂野と大船には手に取るように分かった。
「すごいな!」
大森は、たった一言そう言った。一階の店舗部分と裏の倉庫部分をじっくりと見た後、大森は二階へ上った。大森の感激度は、更に増した。
「自分達の個室があって、しかも風呂もある!すごいよ、坂野さん!」
「私もそう思います」。
と、坂野も同意した。大船が言った。
「明日から、早速、店の準備を始めますよ。でも、大森さんは、まだ退院したばかりですから、無理なさらないで下さいね」。
「いいえ、無理しますとも!がんばりますよ!」
と、大森が元気に答えると、大船と坂野は笑った。
翌日から、開店準備のための忙しい日々が始まった。なんと大竹信が、午前中だけと言う条件で手伝いに来てくれた。それだけでなく大船百合香が三日間の有給休暇を取って、手伝いに来てくれた。坂野は、彼女に言った。
「そこまで、してくれなくても…。大船さんの上司は、怒ってない?」
大船は答えた。
「大丈夫です。私の上司、けっこう理解のある人なんですよ。それに、私も今まであんまり休まず働いてきたから、たまには自由にしろって!」
坂野はお礼を言った。
「かたじけない!」
「いいんです、いいんです!私だって、坂野社長ががんばってくれませんと、お貸しした五百万円が水の泡ですからね!」
と言って、彼女は微笑んだ。
看板や名刺やチラシを作るために、まずは店の営業方針や名前を決めた。
営業方針は、坂野と大森の間でだいたい大枠が決まっていた。単に利益を追求するだけでなく、廃品回収と再生を通じて、地域社会に貢献していくこと。それに、大船が付け加えて加えて言った。
「ただ廃品を回収して、そのまま売るだけじゃ駄目ですよ。中古だからこそ、オリジナリティ溢れる展開をしていかないと、他のお店と変わらない普通の廃品回収屋さんになっちゃいます。廃品をパステルグリーンとピンクに塗り分けるだけじゃなくて、お客様の要望するカラーで塗装するとか、長い保証期間を付けるとか、無料配送サービスをするとか、幅広い情報の発信をするとか、目に見えない部分も含めて、他に無い付加価値を考えていきましょう!」
店名の方は、四人で色々と案を出し合った。リサイクルセンターやライフショップなど、色々な名前の案が出された。大事な店名なのでなかなか決まらない。しかし最終的には、大竹の一言が決定打となった。
「復活を意味する、リバイバルなんてどうでしょう?再生とか復活と言うような意味です。廃品の再生と復活に、坂野さんや大森さんの社会復帰と言う意味も兼ねて、ぴったりな気がします」。
こうして、店の名前は「リバイバル・ショップ」に決まった。店の名前が決まると、大竹はお弁当を届けに公園に行くからと言って立ち去った。
その後三人は、看板のロゴ案、チラシや名刺のデザインなどに時間を費やした。初日、四月一日はこうして暮れた。
翌4月2日。再び大竹と大船が、手伝いに来てくれた。この日もやる事が山積み。まずは、プレオープン日に配る開店記念品の検討を始めた。
カレンダー、コップ、タオル、時計、ボールペン、ストラップなど、たくさんの案が浮かんだ。大森が言った。
「カレンダーは、もう四月だから時期的に遅いなぁ~。名入りのタオルやボールペンは、ちょっと個性が無い気がしますね~」。
大竹が、意見を述べた。
「廃品を再生して売るわけですし、店名のリバイバルに相応しいコンセプトの記念品が良い気がしますね。例えば、再生紙を利用したメモ帳やアドレス帳とか。もちろん店のロゴや連絡先を入れて」。
大船が、それに同意した。
「大竹さん、それはいい案ですね!再生を象徴するような品で、しかもお客様に長期間使っていただけるもの…。あの、たった今閃いた単なる思い付きなのですけれど、例えば文芸復興期の画家達、つまりルネッサンスの巨匠達の、ミケランジェロやダヴィンチやラファエロの名画を再生紙ハガキに印刷して、端材で作った額に入れるなんてどうでしょう?決して安くはないでしょうけれど、名画はハガキとしても使えますし、額はそのまま写真立てとしても使えますよ!何よりルネッサンスと言うイメージが、この店の名前とコンセプトにピッタリで、店のイメージアップにもつながると思います!」
坂野も大森も、ルネッサンス絵画の事などさっぱり分かっていなかったのだが、開店記念の品は最終的に大船のルネッサンス案に決定した。
午後、大船が注文しておいたコンピューターが、店に届いた。大船は、手際よくパソコン、モニター、キーボード、マウス、プリンターを配線していく。坂野と大森は、それをまるで魔法であるかのように、驚きながら傍観していた。大森はパソコンを触ったことすら無かったし、坂野にしてもエステ・サカノを経営していた当時は、まだパソコンは一般的ではなかったのである。大船は、その二人に言った。
「これからは、見積りや請求書は手書きではなく、コンピューターで作る時代ですよ。顧客管理や売り上げの集計なども、全部コンピューターで行います。後日、私が表計算ソフトでフォーマットを作っておきますから!」
坂野と大森の二人は、"モノリスの前に立つ猿人"のような心境で返事をした。
「はい」。
大船は、パソコンの使い方を、熱心に二人に教えた。坂野も大森も、最初は電源を入れるのさえおっかなびっくり。マウス操作に至ってはまったくお手上げで、モニター上のポインターを思ったように動かすことすらできない。大船は言った。
「誰だって、最初から上手くなんてできないですよ。毎日、練習しましょう!」
こうして、2日目の4月2日は暮れた。大船が、帰り際に坂野に言った。
「私の有給休暇は明日までですので、明後日からは来られなくなりますが、夜は仕事が終わってからなるべく手伝いに来ますね!」
「ありがとう。大船さんがいてくれると、本当に助かるよ」。
「あっ、それから、明日、坂野さんにちょっとしたプレゼントがあるんです。楽しみにしていてくださいね!」
そう言い残して、大船は帰宅した。坂野は思った。はて、プレゼントって何だろう?