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第二十三章 神田川のキリスト

 確かに一時過ぎに、その男はやって来た。
 神田川のキリストと呼ばれる男は、キリストのイメージとはほど遠い風貌だった。哲学者と言うよりは、体育会系のようながっしりした体格。そして、短く刈り込んだ髪の毛。肌は、黒々と陽に焼けている。キリストと言うよりは、格闘家と言った風貌だ。しかし、目付きだけは優しい。年齢は、五十代半ばと言ったところか。
 ホームレスの人々も、十名ほど集まった。
 神田川のキリストと呼ばれる男は、皆に弁当を配った。夜中の2時に消費期限の切れた売れ残りの弁当だから、中身についての文句は言えない。どんな弁当が当たるかはお楽しみ。集まった者の中には、弁当を交換する者もいた。いくつかの弁当が残ったが、それは後からやってくるかもしれない者のために取っておかれ、涼しい木陰に積んでおかれた。いずれにせよ、期限切れゆえ…しかも真夏ゆえ、早急に消費せねばならないのではあるが。
 みんなが期限切れ弁当を食べている間、神田川のキリストは、聖書の話しと思われる事を話していた。確かに、誰も聞いていない。坂野も、昨日おにぎりを食べてから何も食べていなかったから、空腹の余り食べるのに必死で、話しをまったく聞いていなかった。
 みな食べ終わると、しばらく神田川のキリストの話しを聞いていたが、一人、二人と去って行った。一応、話しを聞くのが礼儀らしかった。しかし三十分もすると、公園内には、遂に神田川のキリストと大森と坂野の三人だけになってしまった。
神田川のキリストは話しを止めて、坂野に話しかけた。
「君は、見かけない顔だね?新入り?」
坂野は、答えた。
「はい。坂野強と申します。今日は、お弁当をありがとうございました」。
「ああ。私の名前は、大竹信(おおたけまこと)だ。私は月曜から金曜の、午後一時から三時半までここにいるから、相談があったらいつでも来なさい。お金の問題は私にもどうしてやることもできないが、飢えを満たすための少しの弁当と、心の飢えを満たす聖書の言葉なら与えられるから」。
「ありがとうございます、大竹さん」。
坂野と大森の二人も、公園を去った。
神田川のキリストと呼ばれる男は、きっちりと三時半まで、まだ来ぬ誰かを公園で待ち続けるのだろう。