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第二十二章 ホームレス見習い

 翌朝、坂野は元気を取り戻した。大森から安全剃刀を一つプレゼントされたので、夜明け前に髭を剃り、その後で大森に散髪もしてもらった。その日から、大森に付いて廻る日々が始まった。生きていくためには、ホームレスの先輩のノウハウを身に付けねばならない。
 大森は荷車を所有していて、その上にダンボールで筐体を作り、そこにブルーのシートを被せていた。超小型の移動式簡易テント。これで、多少の雨露は凌ぐことができる。彼はそこに、彼の全財産を積み込んでいた。全財産と言っても、多少の着替え、鞄、数本のペットボトル、そしてやかん。大森は言った。
「ホームレスって言ってもな、金は必要だぞ。"霞"食って生きているわけじゃねえからな。このリヤカーは、あたしの命綱だ。
ホームレスには、いくつかの仕事のグループがある。一つは空き缶集め。スチールは駄目だぞ、アルミ缶な。それから、ダンボール集め。最近じゃ、捨てられた雑誌を集めて売る奴もいる。他にも靴磨きとか色々あるが、稼げる大きな仕事は、だいたいこの三つだ。その中で、俺はダンボール集めをしているって訳だ。リヤカーがなきゃ、ダンボールを集めたり運んだりできん。お前さんも、そのうちリヤカー手に入れた方が良いな」。
坂野には、分からないことだらけ。色々と聞きたい事があった。
「リヤカーって、いくらするんですか?」
大森は、公園の枝に張っていたブルーシートを畳むと、リヤカーの荷台に押し込んだ。
「新品だと、八万から十万ってとこだな…。でも、新品で買う奴ぁいねえよ。中古を安く買うか、業者のレンタルだな。ついでに言っとくが、回収業者とは仲良くしとけよ。この世界じゃ、ホームレスと取り引きしてくれる業者なんて、そうそう居ねえんだからな、大切にしろよ。それとこの社会でもう一人、一目置かれる人間がいる。そいつとは、上手く付き合えよ」。
大森は、荷車を引き始めた。坂野も、後ろから押しながら尋ねた。
「それって、誰ですか?」
「飯を調達できる人間よ」。
「飯ですか…」。
「そう、飯だ。まあ、だいたいコンビニ弁当だ。コンビニ弁当ってのは、期限が来ると廃棄されっちまう。勿体無えけど、けっこう捨てられてるんだよ。けどな、コンビニの店主は、ホームレスに店の周りをウロウロとされると評判が下がるし、食中毒とかの問題が起こっても困るからな、期限切れ弁当を外のゴミ箱には捨てない。ところが、その捨てられちまう期限切れの弁当を、店主と話をつけてもらって来られる人間がいるんだ。どんなトリックを使っているのかは謎だけどな。そう言う奴は、ここでは一目置かれる。昨日、お前さんが食べたにぎり飯もその期限切れのだ。後で、その男に紹介してやるよ。奴には、愛想良くしとけよ」。
坂野は、驚いた。ホームレス社会にも、しっかりとヒエラルキーが存在するのか。ここでも「金」や「食」と言う力を握った者が、一目置かれているらしい。

大森は、裏通りのゴミ集積場に詰まれたダンボールを、次々と平らに潰して荷車に積んでいく。たいへん手際が良い。大森は、軍手を坂野に渡した。
「絶対、軍手をしろよ。紙ってのは、意外とよく切れるんだ。痛えぞ。薬は高えし、俺達には健康保険なんて無いんだからな。怪我には気をつけろ」。
坂野は大森を手伝って、ダンボールを潰して荷台に積んでいく。予想以上に、なかなかたいへんな作業である。
「いいか、ダンボール集めもアルミ缶集めも、早朝が勝負だ。みんな、ダンボールや空き缶を鵜の目鷹の目で狙っているからな。他人に取られても、文句は言えん。とにかく朝が勝負だ。昼には、もう無くなっちまってる」。

街中を三時間ほど廻ると、荷台の高さぐらいのダンボールが集まった。
「よし、ここらで一休みしよう。朝までいた公園に戻るぞ。昼飯だ」。
大森がそう言うと、坂野は驚いた。まるで、これからファミリーレストランにでも行くような気軽な台詞である。
「お昼ごはんですか?公園に、何かあるんですか?」
大森は答えた。
「さっき話しをしたろ?飯を調達して、持ってこられる奴がいるって。午後一時になると、そいつは弁当持ってやって来るんだよ。しかし弁当食ったら、奴の話を聞くのが暗黙の礼儀ってことになってる」。
「話…ですか?」
「そう。奴はな、集まってきたみんなに弁当を配るが、その代わりに聖書だかなんだかの話をする。だから、陰では『神田川のキリスト』って呼ばれている。教会を首になった牧師だって言う、専らの噂だ。もっとも、誰も本気で奴の話なんか聞いちゃいない。所詮、昼飯が目当てだからな。要はこの社会には、おかしな人間がいっぱいいるってことよ」。

そのおかしな住民の碑名に、坂野強の名も加えられたのであった。