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第十七章 最後の晩餐

 翌日のクリスマス・イヴ、大船百合香は料理の知識と経験を総動員して、夕食の用意をした。今回のメニューは坂野が作ったメニューではなく、自分で考えたメニューだ。

"前菜のサラダ"は、トマト、きゅうり、レタス、ホワイトアスパラに、裏ごししたゆで卵の黄身を振りかけたミモザ・サラダ。ドレッシングも手作り。

"スープ"は、あさりをたっぷり使ったクラムチャウダー。

"メインディッシュ"は、チキンソテーのトマトソース添え。ソースは、たまねぎ、トマト、アンチョビ、にんにくを、オリーブオイルで炒め、塩・コショウ・バジルで味を整えた。

"パスタ"は、あさりとアンチョビ、にんにく、赤唐辛子を使ったスパゲッティ・ボンゴレ。

"デザート"は、イヴを祝ってブッシュドノエルに挑戦してみた。

 食材が贅沢になり過ぎないように、同じ食材でカバーできるように、なるべくメニューを工夫した。また、いずれもカロリーをきちんと計算して、量に気をつけた。ただし、今日は大豆のジュースやスープはなし(笑)。

 ダイニングのテーブルの上には、大船の作った料理が並べられている。坂野と大船の二人は、ディナーのテーブルについた。坂野がワインクーラーで冷やしておいたイエローラベルのブーブクリコのコルク栓を抜いて、二つのシャンパングラスに注ぐ。そして彼は、グラスを持って言った。
「ではダイエットの成功とクリスマスを祝って、乾杯!」
「乾杯!」
大船もそう言って、グラスとグラスを合わせた。
坂野は、テーブルの上を見回して言った。
「それにしても、すごいな。これ全部、君が調理したのか。ホントに、料理が上手なんだね」。
「カロリーを計算して、量もセーブしてあるんですよ。調子に乗っていると、悪魔が来ちゃいますからね!」
「ハハハ!ちゃんと、言いつけを守っているな。じゃあ、いただこうか!」
「いただきます!」
こうして、坂野社長宅での最後の晩餐が始まった。二人は、この半年間の様々な思い出を語った。ダイエットのこと、会社のこと、学校のこと、エトセトラ、エトセトラ。
 しかし、二人が相互に密かに抱いている特別な感情の事については、双方ともまったく触れなかった。こうして、クリスマス・イヴの晩餐は終わった。

 翌朝、大船は大きなバッグを持って、玄関ドアの前に立っていた。坂野が、大船と握手しながら言った。
「これでお別れだ。でも、社会人になったら、約束通り、必ず尋ねて来いよ!」
「はい!必ずお伺いいたします!」。
「それじゃあ、元気でな、百合香!」
「坂野社長も、お元気で!」

 別れは、たいへんあっけなかった。二人は握手を終え、大船は振り向いて歩き始めた。大船は、決して振り返らなかった。涙を流しているのを、見られたくなかったから。

 彼女が門を出て通りを曲がり、後ろ姿が見えなくっても、坂野はしばし立ち尽くして通りを見つめていた。最初は厄介者だった大船だが、6ヵ月後の今となっては彼女の居なくなることが、とても寂しく、とても切なかった。彼女は、去ったのだ。