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第十三章 運命の体重計

 8月も半ばに入ったある日の事。夕食を終えその後の筋トレも終えると、坂野は大船に唐突に言った。
「さて、今日は体重計に乗るぞ~」。
大船は、驚いた。
「えっ?体重計には、乗らないのじゃないですか?」
「今日は、百合香がここに来てちょうど一ヶ月目だ。成果を見る」

 大船は、ドキドキした。この一ヶ月で確実に体重は減っている…とは思うけれど。カロリー制限、そして早朝のランニングや夜の筋トレのおかげで、スカートやジーパンはかなり緩々になった。二の腕や腿も筋肉がついて、かなり締まってきた気がする。でも、そんなに体重が減ってなかったらどうしよう。

 坂野は書斎に入り、何か取ってきた。それを大船の前に置いた。
「百合香。これはな、体脂肪率も図れるデジタル体重計だ。百グラム単位まで正確に測れる」。
坂野は、体重計のセッティングを調整した。
「さあ、乗って」。
大船は、体重計に乗るのが怖かった。先ほどとまた同じ事を考えた…思った以上に体重が減っていなかったら、どうしよう。自分自身の事が心配なのではない。坂野社長を失望させてしまうのではないか、そんな思いが彼女を覆った。大船は目をつぶって、恐る恐る右足を乗せ、そして左足も乗せる。そしてゆっくり目を開く。デジタルの数字がいったりきたりピコピコ動き、そして確定する。確定した数字を、大船がゆっくり読み上げる。77.5キロ・…39%…」

大船は、横にいる坂の社長の顔を見る。坂野社長は、体重計の数字を見ようともせず、大船の顔を見て微笑んでいる。

「減りました!一ヶ月で五キロもですよ!80キロを切って、脂肪率も40%を切りました!坂野社長のおかげです!」
坂野は答えた。
「私の力じゃない。百合香、君の努力の成果だよ」。
「減ったわぁ~!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
大船は両腕を突き上げ、体全体を使って喜びを表わした。
「ハハハ!百合香、君は、本当に喜怒哀楽の激しい子だね。たいへん良い体重の落ち方だよ。落ちている体重はほとんど脂肪の分で、筋肉の方はあんまり落ちていない。順調な減量だよ」。
興奮が冷め遣らない大船に向かって、坂野は続けた。
「さて、水を差すつもりはないが、ここで次の大事な注意を君に伝える」。
「はい!」

 どんな注意でも聞けると言う心理状態だった。今、川に飛び込めと命令されたら、本当に川に飛び込んでしまうだろう。今まで何をやっても上手くいかなかった自分が、初めて目に見える成果を出したのだ。坂野は、大船に言い聞かせるようにゆっくり言った。
「いいか、この先もしばらくはこのペースで体重は落ちる。しかし、8週間ぐらい経った頃から、急に体重は落ちなくなる。そこからが、本当の辛抱のしどころだ。焦らずに、このプログラム通りにしっかり今の生活を維持するんだぞ。ダイエットに近道なんか無い。絶対に、どこにも無い。絶対にだ!それを肝に銘じるんだ。分かったね?」
「はい!悪魔は、絶頂期を見計らってやって来るのですよね!」
「そう。その通りだ」。

 前回体重計に乗った時に、大船に訪れたものは"涙"と"絶望"だった。今改めて体重計に乗った彼女には、"喜び"と"希望"が溢れていた。坂野社長、ありがとうございます。本当にありがとう!