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第七章 約 束

 坂野はデスクの正面にデザインチェアーを置き、そこに大船を座らせた。山田は、ドアの脇に立っている。
「で、今度はどうしろと?会費は出世払いにしてあげたし、特別のプログラムも私自らが作った。あと一体、何が望みなんだ?何が、不満なんだ?」
大船が、一言一言を噛み締めるように言った。
「全然痩せないじゃないのよ!週三日きっちりジムに来て、筋トレもエアロビもしているのに。あの女に笑われたのよ!」
坂野は社長椅子の背もたれにもたれかかり、大船の一ヶ月のジム・データにざっと目を通す。
「なんだ、これは?本当に、体重落ちてないぞ!一ヶ月前の体重が81キロ、脂肪率が45%で、今日の体重が82キロで、脂肪率が44%…って、逆に増えているじゃないか、おい!」
坂野は、大船のジムデータ・ファイルを机に放り投げた。
「私の作ったプログラム通りにやっていないな!私の作った食事メニューはどうした?一日、一万歩のウォーキングは?万歩計をプレゼントしただろ?プログラム通りにやっていたら、確実に一ヶ月で5キロは減っているはずだ!どうなんだ?やってないな?」
またまた大船が、大声で主張を始めた。
「ええ、やってないわよ!どうせ私には、できないのよ!高校の部活だって、一ヶ月で辞めたわ!間食だって止められないのよ!それにあんたが作ったメニューの食事の量、あれじゃ全然足りないわ!それに、ジムで運動した後は、今までよりもずっと食事が美味しいのよ!」。
そう言って、大声で泣き始めた。坂野は山田に向かって、お手上げのジェスチャーをした。しばし、鳴き声が部屋に響いていた。大船の感情が収まった頃を見計らい、坂野はゆっくりと口を開く。
「多分、このまま続けても、君は痩せないだろう。そして、これからも何度も騒ぎを起こして、私を困らせるのだろう」。

しばし思案した後、坂野は身を乗り出して言った。
「よし。では、こうしよう。明日から私の家で合宿だ。私が、君のカロリーと生活をコントロールする。これで痩せなければ、本当にお手上げだ」。
言われた大船はもちろん、ドアの横に立っていた山田も驚いた。
「社長、何をおっしゃっているのですか?一緒に生活されると言うことですか?」
坂野は答えた。
「その通りだ」。
「社長が、何もそこまでされなくても…。それに女学生と同棲なんてことがマスコミに知れたら、ゴシップ記事のかっこうのネタです!」
「正一郎、安心しろ。俺は、客には決して手を出さん。いいか、これはビジネスだ。エステ・サカノの名にかけて、この子のダイエットを成功させる!」
山田にそう言った後、彼は大船に向き直った。
「それでいいかな、大船さん」。
大船は、こくりと頷いた。
「いいか、ダイエットプログラムは、文句を言わず絶対に従うこと。必ず、ダイエットは成功させるから。もう一つ、ダイエットが成功したら、私にもうちの社にも二度と迷惑をかけないでくれ」。
もう一度、大船は頷いた。
「契約書はないが、これは人としての大切な約束だぞ。私が、必ずダイエットを成功させる。そしたらもう二度と騒ぎを起こさない。いいな?」。
三度、大船は頷いた。
「じゃあ、着替えを持って、夜9時に会社の駐車場に来い。以上」。
山田は大船を席から立たせて、社長室から出て行った。
山田と大船が部屋から出て行った後、坂野は大きな溜息を一つついた。月に何十億と言う資金を動かし、多大な利益を出す会社の多忙な社長が、たかが学生一人に貴重な時間を割かねばならないとは。しかし、約束は約束、きっちり果たそう。そう坂野は決心した。

 夜9時、時間きっかりに、坂野はエレベータで地下駐車場に降りてきた。大船が大きな鞄を抱え、そこで待っていた。坂野はディーノのトランクを開けて、大船の鞄を放り込んだ。ディーノはミッドシップエンジン・スポーツカーだが、エンジン後方に意外と大きなトランクスペースを持っている。
 坂野はディーノの助手席の扉を開き大船を乗せ、そして駐車場を出発した。さあ、明日からダイエット合宿のスタートだ。