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第五章 真夜中のドライブ
愛車のドライブ。これが坂野の唯一と言える憩いと開放の時間なのだが、今宵は最悪の憂鬱なドライブとなってしまった。
さあて、どうしたものか?一歩対応を間違えると、たいへんな事に伸展しかねない。すでにたいへんな事になっている気もするが…。助手席に座っている女性の精神状態は、明らかに不安定である。ディーノのステアリングを回しながら、坂野が言った。
「ええと、名前は、船…船なんだっけかな?」
女性は泣き止んでいて、先ほどの態度とは打って変わって小さな声でぼそりとつぶやいた。
「大船…百合香…」。
「では、大船さん。君は、痩せたいのだね?」
大船は、こくりと頷いた。
「でも、もうお金はないと」。
彼女は、再び頷いた。
「家族は?家族は、ダイエットのためなら協力してくれるんじゃないのか?」
女性は、うつむいたまま答える。
「父も母も、私のことなんか構ってくれないわ。兄や姉と違って、太っていて不細工だし、頭の出来も良くないし、運動神経もゼロだし、何の取り柄も無いし。短大に受かって、東京に出ることが決まった時、みんな、厄介払いができるって喜んでいたのよ、きっと。私には分かるわ…」。
この女性、精神的にかなり追い込まれているな、と坂野は思った。大船は続けて言った。
「それに、学費や東京での生活費なんかもかなりの額だし、これ以上、親はお金を出してくれないわ」。
坂野は、ディーノを路肩に停めた。
「分かった。では、こうしよう。君が痩せるまで、私自らが君の減量を指導する」。
大船は驚いた表情で顔を上げ、坂野の顔をまじまじと見つめた。
「ええ?でも、お金はないし…」。
「もちろん、私も仕事でこの業務をやっているから、無料と言うわけにはいかない。その代わり君が就職できて社会で働き始めたら、その費用を分割して返しなさい」。
大船は、驚いた表情のままだった。
「それでも、不服か?」
大船は、急いで首を横に振った。
「じゃあ、それで良いな?」
今度は、彼女は首を縦に振った。
「それじゃ、早速、明日から開始だ。明日、十時に会社に来なさい。君のデータを取って、君に相応しい減量プログラムを私自身が作るから。遅刻するなよ」。
大船は、再び頷いた。
「君はどこに住んでいるんだ?送って行こう」。
坂野は再びシフトレバーを一速に入れて、愛車ディーノを発進させた。ギヤを、2速、3速と上げていく。真っ赤なフェラーリは、V6エンジンの咆哮を上げてあっという間に走り去った。