JOLLYBOYの世界の旅
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フィリピン   1987年1月

 そう、生まれて初めて足を踏み入れた外国が、フィリピン。大学4年生の時だった。ちなみに飛行機に乗るのも、初めてだった。一人の海外旅行ということもあって、緊張の連続。まず驚いたのが、フィリピン航空。スチュワーデスが、椅子に座ってプカプカと煙草を吸っている。もう、呆然。

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 マニラ空港を出ると、いきなり太ったおばさんが首にレイ(花)をかけてくれる。なんて素晴らしいサービスなんだろうと思ったら、「千円」と手を出して言う。すぐ突き返した(後で聞いたのだが、あのレイは十円もしないらしい)。どうも胡散臭いな、と思いつつタクシーに乗る。これがまた凄い!3車線の道路を、4列で突っ走るのが当たり前!あのね、レースじゃないんだから。まあ、無事ホテルへ到着。泊まったのは、マニラ市内のミッドタウンホテル。まともなホテルで良かった…(とその時は思った)。部屋は、妙に広い。いや、広すぎる。いいのかあ?部屋から市内を見ると、やはり貧しいのが一目瞭然なのであった。

ミッドタウンホテル 泊まったホテル

マニラ市内 市内の様子


 夜、部屋へ内線がかかってくる。怪しげな日本語で「〇〇〇1万円!」と言う。しつこく買うようにせまってくる。なんだ、このホテルは?日本人がこの部屋に泊まっているのがバレバレ。守秘義務も何もあったもんじゃない。とにかく、その電話を一方的に断る。なんだか、変な旅になりそうだ。取りあえずその日は、ビールを飲んで寝る。ところが、このビールがきつい!一晩中、悪夢を見てうなされてしまったではないか!

ジプニー ジプニー

市内の教会 市内の教会 教会の礼拝堂


 翌朝、起きてすぐホテルを出て、マニラ湾沿いを散歩する。壊れた車の中で生活している人。海岸で体を洗う人。本当に貧しいのだ。日本語の分かる人もいて、挨拶を交わす。古そうなカトリックの教会があったので、中へ入ってみる。さすが、キリスト教徒が多いと言われている国。教会には、人がいっぱい。しかし、タイミングが悪く、ミサは5分で終わってしまった。教会を出て、またぶらつく。街角のあちこちに、武装した兵士達がいる。治安の悪さを物語っている。途中、たくさんの男達が私のほうへ寄ってくる。皆、「〇〇〇1万円!」と口々に叫んでいる。中には、子供も混じっているではないか!私は、彼らに囲まれながらも、断り続けながらホテルへ帰る。彼らも途中であきらめた。ホテルへ帰ると、年輩のボーイさんに怒られた。日本人が一人で外を歩くな、スナッチャー(強盗)にさされるぞ、ということをきつく言われた。ボーイはどこかに連絡して、市内を案内してくれる人を呼ぶ。一日車付きで20ドルだし、ここは素直に従うことにした。

バスキーさん バスキーさん

ライザルパーク ライザルパーク


 案内してくれるのは、バスキーさん。巻き舌の入るスペイン語なまりの英語を話す。お互い怪しい英語だが、何とか意志は通じた。いろいろな場所へ案内してくれるのだが、言葉がよく分からないのでどういう名所か今一つ分からない(かつて、スペインの入植地でその後日本に占領され、そしてその後長らく米軍基地があったという背景があって、独特の発音なのだ)。いくつか理解した場所もあって、その一つがライザルパーク。戦争の時、爆弾が落ちたらしい(どの戦争かは分からなかった)。公園内で、たくさんの子供達がカンフーの真似事をしていたのが印象的だった。チャイニーズ・セミタリーも印象に残った。華僑のお墓のある墓地なのだが、その大きさがどれも半端じゃない。まるで一つ一つのお墓が家みたいに大きいのだ(おそらくお金持ちの見栄の張り合いと言ったところか)。遠くから見ると、墓地が一つの街にさえ見える。

チャイニーズセメタリー チャイニーズセメタリー

マラカニアン宮殿にて マラカニアン宮殿にて


 有名なマラカニアン宮殿へも行った。民衆と軍隊がマルコス大統領を追い出したあの革命の時に、かなりの装飾品がどさくさに紛れて盗まれてしまったこともあり、国民は中へ入れない。私は、日本人ということもあり、庭へは入れた。その時着ていた、アキノ大統領のTシャツの印象が良かったのかもしれない。門衛の兵士も、気軽に写真に写ってくれた。その後もバスキーさんと市内で食事をしたり、観光地を回った後ホテルへ戻った。

マラカニアンガーデン マラカニアンガーデン

マニラの夜 マニラの夜(私は左から2人目)


 3日目は、ダニーさんに夜の市内を案内してもらうことに。他に日本人観光客が2人いたので、計4人で行動。ダニーさんは、部屋へ来ると、おもむろに見るからに怪しげな葉っぱを取り出し、紙に包んで火を付ける。「吸うか?」と言われたが、とても怪しいので断る(だって、ダニーさんの眼がみるみる充血してくるし)。で、4人で市内へ出発!ダニーさんは、夜の市内は短い距離でもタクシーに乗れという。通りを歩いていて、スナッチャーに刺されるからだという。乗るタクシーも選別しろという。なぜなら、タクシーと強盗がグルになっていることが多いのだという(突然タクシーが停まると、ドアの外には強盗が…というのがあるらしい)。夜、バーやカントリーソングの酒場などへ行って夜が更ける。

 最終日、フィリピンの余韻を楽しんで帰国の途へ。と言いたいところだが、税関でお気に入りのグッズを次々取られる。バッヂや小物多数。それがさも当たり前と言わんばかりに、税関職員のネーチャンやおじちゃんはポケットへしまってしまうのだ。それって、泥棒ちゃうか?その後、空港のトイレに入ると子供が5人待ちかまえている。何事かと思いきや、蛇口を回して水を出したから「千円!」と言う。ふざけるな!何で、税関を越えたトイレに子供が入れるの?いやいや、最後まで緊張の抜けない海外旅行でした。さらば、フィリピン。

マニラ湾にて マニラ湾にて