JOLLYBOYの世界の旅
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香 港 (中国返還前) 1989年1月

 以前勤めていた銀行で行った香港。初めてJALに乗った。団体行動の海外旅行なので、自分であれこれ考えることもなく楽。ホテルは、ミラマホテル。夜は、水上レストラン・アバディーンのジャンボへ。

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 一通りの中華料理を食べてから、香港の夜景を見に行く。丘の中腹へ着くと、木蔭から何人かの怪しい連中が出てくる。時計を売るらしい。〇〇ックスやカル〇〇の時計を、五千円や一万円で売るという。もちろん本物ではない。中身のムーブメントは、日本製。(こういうのも、すべて旅行業者のルートになっているのだ)。肝心の夜景はと言うと、たいしたことなかった。オイルショック以前は、町の灯りは煌々として明るかったらしいが、下の写真通りの暗さでした。百万ドルの夜景は、何処に?


JUMBO JUMBO

香港の夜景 香港の夜景…今ひとつ


 翌日、町中へ出向く。映画や雑誌でよく見る、派手な看板で埋め尽くされたネイザンロード。どこの宗教かいまいちよく分からない寺院(僕が調べてないだけ)や、今にも崩れそうなビルなど、怪しい街。女の子たちは、買い物に時間を費やす。本当に安いの?僕らは特に買いたいものがないので、ただただつき合うのみ。良い皮ジャンがあったが、給料の安い僕にはちょいと(否、かなり)高かったので諦める。

ネイザンロード ネイザンロード

モスク モスク

 その後、タイガーバームガーデンへ行く。土派手な極彩色を使った建物の数々。そもそもこのガーデンは、「萬金油」(タイガーバーム)で巨万の富を築いた胡文虎(アウ・ブーン・ハウ)氏が、1935年に建てた別荘である。まあ、とにかく広い。歩いた、歩いた。

タイガーバームガーデンにて タイガーバームガーデンにて

レベルスベイにて レベルスベイにて


 それから、レパルスベイという海岸へ行く。ここの建築物も、やはり極彩色。鎌倉で言えば、大仏みたいな天后像もあった。これも、けっこう派手な色。同じアジアでも、日本のワビサビ的色彩とはかなり違うなあ。曇っていたので、海が青いのかどうかは分からなかった。その後、ビクトリアピークに登山電車(トラム)で登る。これがけっこう急で、迫力があるのだ!頂上へ着くと、香港市内が一望できた。晴れていれば、もっと良かったのだけれど。そして、また日が沈む。対岸の香港島の日本企業の看板の灯りが目立つこと、目立つこと…。

ケンタッキーおじさんと お題:ケンタッキーおじさんと私

ビクトリアピークから ビクトリアピークから


 ところで、この旅の間ずっと中華料理。当然と言えば当然だが、「ずっと」である。さすがに油ものの同じ様な料理の連続は、ちょいとつらかった。なかでも、海鼠(ナマコ)の料理はダメだった。見た目がちょっとグロで、触感も味も今一つ。みんなもダメだったらしく、ただ単に僕が若いという理由だけで、誰も彼もが僕の皿に海鼠を山盛りにするのだった。その量、約1kg。そんなに食えるかあ!

 そうこうしている間に、あっと言う間に滞在期間が過ぎていき、日本への帰路へと着く日が来ました。私が行ったのはまだ英国統治下の時だったけど、中国統治下となって何か変化あったかな。近いから、また行く機会があるかも知れないね。