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夢をかなえる力 (2005年1月9日記載)
新しい年が到来したので、「夢」について語ってみたい。もちろん寝ている時に見る「夢」ではなくて、人生で達成したいと思う方の「夢」である。
20世紀も終わりに差しかかった一時期、「夢見る力」と言う言葉が流行っていた事がある。「夢を見るのにも力がいる」のである。そう、何もせず「ヌボ~ッ」と毎日を過ごしていても夢を見ることはできない。ましてや達成する事など不可能である。そこで、「夢を見て」もしくは「見続けて」そして「その夢を達成する」方法について考えてみたい。
成功を収めた有名人が、過去の自分の夢への信念や努力を語ると「嘘臭いなぁ・・・」と思える事が時折ある。と言うのも過去の"主義・主張"とか"理屈"とかが、「後付(あとづけ)」の事があるからだ。成功してしまった後なら、過去の事は何とでも美化できる。だから僕は、まだ成功を収めていない"今、この時点"で、夢のかなえ方についての僕なりの考え方を述べておきたい。夢が達成できるかどうかは自分にも分からないが、夢が達成できることを信じて日々努力している。そう信じて前へ進む事で、自分自身を鼓舞し、困難な日々を乗り越えているのだ。世の中の多くの人も、同じではないだろうか。
「夢をかなえるためのスタート点(※ホップ)」は、自分がめざす夢にふさわしい"能力"が、自分に備わっているか、これを確信できるかどうかだと思う。好きなだけでは、夢は達成できない。例えば、僕が野球が好きでプロ野球選手になりたいと思い、高校球児以上の練習を重ねても、残念ながらプロ野球選手にはなれないだろう。人には、それぞれ違った才能、能力がある。その能力を見極めることが大切だ。まず自分がその才能を持っていると思える事が必要で、次に周りもその能力を客観的に認めてくれている事が必要だ。それがないと、単なる自己満足に終わってしまう。自分に備わっていない能力で、特定の専門分野を目指すことほどの悲劇は無いだろうと思う。失敗して躓いても、誰も同情などしてはくれない。
僕は、中学生の頃に映画にはまり始め、お小遣いはすべて、映画鑑賞代や8mmカメラ(※当時はビデオではなくフィルムである)のフィルム代、35mmカメラのフィルム代に消えていた。その頃、僕は恥ずかしげも無く周囲の友人達に「映画監督になりたい」等と無邪気に言っていたものだ。それは、幼稚園児が「飛行機のパイロットになりたい」と言うのに似ていた。中学3年生になっても、勉強そっちのけで8mmカメラを回し続けて特殊撮影等に凝っていた。ある日、隣のクラスの数学男性教諭がはっきりこう言った。「そんな事をするより大事な事があるだろ。今は、高校受験の方が遥かに大事だ。そんなもの(※映画監督の事を指している)になるなんての言うのは、現実逃避だ。ちゃんと現実を見て勉強をするほうが、遥かに大切だ。」・・・正確な表現は忘れたが、意味としてそう言うことをおっしゃった。何故、担任でもない隣のクラスの先生がそんな事を言うのか不思議だったが、僕の映画傾倒生活は思い切り釘を刺されてしまった。しかし、当時の大概の先生の教育方針はそんなものだったと思う。「理想としては、各自の能力を伸ばしそれを育てて、その能力を社会で活かせられれば良いが、現実社会はそんなに甘くない。もっと現実的になれ」・・・これが、先生や親たちの本音だったのではないだろうか(実際、僕が銀行を辞めて映像業界に転職した時、親父は烈火の如く怒りまくった)。小学生時代、中学生時代と、絵を描く事は好きだったし自信も芽生えていた。ほぼ毎年のように市や県の展覧会で賞をもらっていたし、写真部で写真の基礎知識も身につけつつあった。絵の賞を取る度に教師や親はそれなりに喜んでくれたが、それが専門の道に進みたいと言う"意思表示"に変わると、誰もが必ず眉をしかめた。「将来を決めるのはまだ早い」、「高校や大学に行ってからでも遅くない」・・・大人のアドバイスは、だいたいそう言うものであった。そして実際に高校生や大学生になると、そのアドバイスは「いつまで子供みたいな事を言っているのだ。ちゃんとした会社に入りなさい」に変化するのである。イチローが、年間案打数のメジャー記録を更新した時のインタビューで、次のようなことを言っていた。「小さい頃から野球が好きで、野球が得意で、ずっと野球をしてきた少年が、プロを目指そうとした時に、周囲の大人から止めておけと言われる。プロに入れたとしてもどうせ通用しないし、二軍暮らしでプロ生活を終える人が大半だ・・・大人は、そう言うアドバイスをする。でも僕は、好きな野球でここまでやって来たよ」・・・だいたいそんな言葉だったと思う。イチローは、子供達に夢を語っていた。
「夢をかなえるための次の大事な点(※ステップ)」は、決断して実行する"勇気"だと思う。決断力、実行力が無ければ、"夢"は一生"夢"のままだ。この点については、僕は遠回りをしてしまって、同年の同業者よりも大幅な遅れを取ってしまったので、切実なポイントだと実感している。
僕は高校に受かってから、将来本当は何がしたいのかを考えた。映画の何が好きなのか。撮影の技術なのか。照明の技術なのか。特撮の技術なのか。俳優の演技なのか。監督の演出なのか。脚本作りなのか。音楽なのか。結論は、映画が伝える「物語」が好きなのだと言う結論に達した。「物語」を作りたいのであれば、別に映画でなくても可能ではないのか。絵本でも、マンガでも、小説でも可能である。それらは伝える媒体が違うだけで、「物語」を伝えると言う本質は同じであると言う結論に達した。それ以後、僕は8mmフィルムを回して作品を作る事だけにこだわらなくなった。イラストや漫画や文章も書くようになっていった。しかし社会の本当の厳しさを知らなかったから、そう言う知識は大学に行ってからでも間に合うだろうと軽く考えていたのも事実である。そして、僕はバブルの時代の流行に乗って、銀行に就職してしまった。銀行に勤めながらでも、夢をかなえられると漠然と思っていた。とても甘かったと思う。それぞれの専門分野には、それぞれ血の滲むような努力をしている連中がいっぱいいる。高校を卒業してすぐ専門学校に入ったり、十代の頃から業界で働いて技術を磨き、経験を積み重ねている下積みの長い若者が大勢いる。とても銀行に勤めながら、夢をかなえるなんて言う虫の良い考えは実行不可能である事を悟った。中には、小椋佳のような銀行員を続けながら一流の音楽を作り続けた人もいるにはいるが、そう言う人は例外中の例外だ。その他何万、何十万の若者は、その業界で不眠不休の努力をして、しかも成功できるどころか、食っていけるかどうかも分からない状況で、不安な日々をこらえて生きているのである。正直なところ銀行で働くのは辛かった事もあり、僕もみずから人生の岐路の決断をすることになった。25歳で映像のデザイン業界に転職。しかし、この業界には十代の頃から働いている人が大勢いる。僕は、既に同年の同業者から5年以上も遅れを取ってしまっていた。年収は半分になるし、仕事は何から手を着けて良いかもさっぱり分からない。この遅れを取り戻すには、当然何倍もの努力が必要だった。能力を開花させるのは、早ければ早いほど良い。しかし、"決断や実行する勇気"、"新しい世界に一歩踏み出す勇気"は、誰でもなかなか出ないものである。これができるかどうかが、夢をかなえられるか否かの、分岐点だと思う。人は誰でも、安全なコンクリートの舗装道から外れて、マニュアルに記載されていない茨の生えた凸凹道を進むのは恐いものである。谷川俊太郎の詩ではないが、若者の特権は自分で荒野の道を切り拓ける点ではないだろうか。
「夢をかなえるための三つ目の大事な点(※ジャンプ)」は、"具体的な目標"を掲げていくことであると思う。先述のイチローもそうだが、「○○歳までに××をする」と言う具体的な目標を掲げてトレーニングしている。イチローは努力をしている事を人にみせるのは大嫌いだが、漫然とトレーニングしていてはあのような偉大な記録は生まれない。あやふやな漠然とした目標ではなく、しっかりとイメージできる確実な目標が必要である。
夢とはちょっと違うけれど、僕は社会人になった頃、「30歳になるまでに家を建てよう」と決意した。アパート代に家賃を払い続けるのはもったいないし、いつか建てるのならさっさと建てようと思い立ったのだ。しかし、二十代半ばの若造が家を建てるのは、そう簡単な事ではない。具体的な目標を、一つ一つクリアーしていかねばならない。最初にした事は、「どんな家が建てたいか」をイメージすることである。こうイメージした。「3階建ての2世帯住宅。玄関も、台所も、お風呂も、トイレも二つずつ必要。夜、寝転んで星空が見えるように、天窓がほしい。車が好きだから、スポーツカーと乗用車の二台分の駐車スペースも欲しい」。この小さな夢を周囲に語った事があるが、当然一笑にふされた。しかし、僕は大真面目だった。自分なりに、図面も書いてみた。次のハードルは、相談に乗ってくれる建築業者を探すことだった。これも、既知の信頼できる人が応じてくれクリアーできた。ハードルはどんどん高くなる。次の目標は、お金を借りると言うことである。しかし、二十代半ばの人間に数千万円と言う大金を貸してくれる銀行はまず無い。バブルが弾けていたこともあり、稼ぎの少ない若造が借りるのは困難だった。何故なら給料が少ないと言う事は、借入額の返済のための原資が少ないと言う事を意味した。元銀行員の知識をフル活用して都銀の営業担当者と交渉し、親父には保証人になってくれるよう説得し、なんとか建築資金を借り入れる事ができる事になった。資金繰りに目処がつくと、次は設計やお役所とのやり取り(※3階建ては建築基準が厳しいのだ)や、実際の大工さんの建築が待っている。その後も紆余曲折は色々あったが、28歳の時に家が完成した。最初にイメージした家と違っていた点は、天窓が曇りガラスで星空が見えなくなった事、トイレを三つ作った事だった。家は、ほぼイメージ通りに完成した。家を一軒建てるにも、具体的な目標を一つ一つクリアーして行くと同時に、最初に決めたゴールをしっかり堅持していないと、とうていイメージ通りの家の完成までは漕ぎ着けない。建築業者や金融機関の言いなりになって自分自身の考えを見失ったら、予定とまったく違う家が建ってしまう事だってあるのだ。家を建てるだけでもこれほどたいへんなのだから、ましてや人生の夢を達成するのはもっともっと困難が伴う。
僕は夢をかなえるために、家の建築と同じように"具体的な"目標を設定して歩んできた。次のような段階的な目標である。「①まずはとにかく転職を実行する。」→「②イラストの最低限の技術を身に付け、食えるようになる。」→「③CGを勉強しCGの技術を身に付け、食えるようになる。」→「④技術を磨き経験を重ねてお客さんから信頼をいただき、高品質な作品を作り続ける。収入も増やす。」→「⑤自分の作品を作り続ける。」→「⑥世に中に自分のオリジナル作品(※物語)を発信する。」→「⑦オリジナル作品(※物語)を世の中に認めてもらう。」と言う、目標である。転職してから②に至るまで、1~2年かかった。その間にバブルが弾けて、首が飛びそうになったが、独学でCGを勉強し、個人でアメリカ製のパソコンとソフトを買って(※借金額は膨大・・・)、CG作品を制作し、CG映像が制作可能である事を社長に示して、首が何とかつながる。こうして、会社にCG部ができた。そこまでで約3年。その後はひたすらテレビ番組やビデオ用のCG制作を続け、技術の向上に励む。転職からそこまでで十年間(やはりどんな事も、基礎を築くには十年かかると言う事なのだろう)。
しかし、そこで壁にぶち当たる。会社と言う組織にいる限り、そうそう勝手な行動は許されない。売り上げを上げるために雇われているのであるから、勝手に自分の作品作りに多大な時間を割く分けにもいかない。おまけにがんばって売り上げを伸ばしても、年収が頭打ちとなってしまった(将来を考えるとこれは辛い)。質の悪い中小企業は、経営者が儲けるためにやっている場合が多く、スタッフがどれだけ苦労していようと、何人辞めようとまったく気にしない(まあ、だから中小企業のまま発展できないのだけど)。そう言う企業では、スタッフ達の未来の希望がまったく無い(勤めた事の無い人には理解し難いだろうが本当に真っ暗なのである)。そう言う経営上のゴタゴタに嫌気が差したせいもあり、自分のオリジナル作品を作るためにも、独立すべきだと判断した。ここでも、先述の決断と実行の"勇気"が問われた。何度も何度も荒野や密林に道を切り拓くのは、予想以上にたいへんである・・・。
こうして十年勤めた会社を退社し、仲間と独立してCG工房を立ち上げた。新しい事務所を契約し、映像機器やパソコンと言ったハードやソフトウェアからコップ一つに至るまで、一から揃えねばならなかった。お金は無いから、足りない分は借金。数百万円の借金を抱える傍ら、経費を最小限に抑える。こんな時、銀行員だった頃の智恵が活きてくる(クリエーターとしては遠回りしてしまったが、人生に無駄なものなんて一つも無いのだなぁ・・・と思ったりもする)。平成大不況の真っ只中でもあるし、立ち上げたばかりのCG工房を維持するために、現在は日常のCG制作の仕事を受注して、それを捌くだけで手一杯である。目標⑤の「自分の作品を作る」の所で停留してしまっている。この先のハードルは、とても高い。オリジナルの作品を完成させ、それを世間に認めてもらうには、気の遠くなるような時間と手間と、そしてお金がかかると思う。そこに到達できるかどうか、今踏ん張りどころである。そして、この目標が達成できるように、日々がんばっているところである。
こんな風に「夢をかなえる方法」について、僕なりに考えてみた(と言うか、実際に実行中である)。三段階にまとめたが、最初に「自分の夢って何なのか、自分の才能って何なのか」について見極め、次に「夢への第一歩を踏み出すため、決断し実行する」、そして「実際に踏み出したら、具体的な目標を立てて一つずつクリアーしていく」である。
"夢"を目指す前は、"夢"がどんなものであるかはっきりと見えている。しかし、その夢を目指す為の道を実際に歩み始めると、色々な困難・苦労に遭遇し、時には壁が立ちはだかる。ある時は周囲の人々に理解してもらえなかったり、ある時は食えなかったり、そう言う事を長い年月繰り返しているうちに、自分が何を目指していたのか分からなくなることがある。これは、登山に似ている。山に登る前は、山の姿がはっきり見えている。目指すべき山頂も、しっかりと見えている。スケジュールを練り、各種装備を準備し、登山を開始する。登山を始めると、色々と困難が生ずる。晴れていても、麓で見ていた時のように山全体が見えるわけではないし、山頂も見えないだろう。地図やコンパスや経験を頼りに、前に進んでいく。計画したスケジュール通りに進まないことだって、頻繁に起こる。天候が悪化して前に進めなかったり、霧で視界が遮られたりもする。雪が降って足止めを食い、食料や用意していた装備が不足する状況だって有り得る。数々の悪条件の中では、目指している山頂を常にイメージしていないと、いったい自分が何処にいて何をしているのか分からなくなる。そう言う苦労を乗り越えて山頂に達した時の感動は、それを達成した人間でないと理解できないだろう。「夢」を達成すると言う事も、そう言う事ではないだろうか?自分が何処を目指しているのか見失いそうになった時、何度も自分の目指す"山頂"をイメージしながら壁を乗り越えていくのだ。
僕には上で述べたような"仕事"で達成したい「夢」と、(今回は述べなかったが)人生のなかで成し遂げたいささやかな「夢」の二つがある。これらの「夢の達成」をイメージして、日々努力している。
"夢を見る"には力が必要だ。そして"夢を見続ける"にはさらに莫大なエネルギーが必要だが、そのパワーを使うだけの価値があると思うのだ。
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