JOLLYBOYの経済学入門

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5.IT革命の幻影と新時代の経済 (2001年11月 4日記載)

 さて、今回で最終回となりますJOLLYBOYの経済学入門。最近まで騒がれていたIT革命を振り返り、今後の経済について独自の視点で考えます。

・IT革命への期待…
世界経済の推移をグラフで見たとする。18世紀までは非常になだらかな上昇線を描き、19世紀以降は急激な上昇を示している…と、頭の中に思い描いてほしい。そして20世紀のグラフのカーブが、絶壁のように上昇していると思っていただきたい。18世紀より前と、19世紀以降のこの極端な差はどこから生ずるかと言うと、18世紀後半に起こった産業革命が発端である。蒸気機関の発明のインパクトはあまりに大きく、それ以前の数千年の人類の歴史とはまったく異質な文明を生み出すこととなった。手工業に頼っていた物の生産は、機械による自動&大量生産へと移って行く。人力や動物の力を借りていた移動機関は、蒸気機関によるハイスピード・大量輸送の移動機関へと移って行く。物は大量に作られ、大量に消費される。こうして、19世紀以降産業革命を経過した西欧の先進国は豊かになっていった。その後も、次々と技術革新がおこっていく。内燃機関の更なる発展、飛行機の発明、電気製品の相次ぐ登場、宇宙への進出、原子力の利用、エレクトロニクス技術の発展…etc.。20世紀は、正に「技術革新の世紀」&それに伴う「経済発展の世紀」であった。
 では、何故現在、世界全体でこんなにも経済が停滞(否、下降)してしまったのか?その原因を一言で言えば、「技術革新の停滞」である。話を単純化して考えよう。世界の人口が、1,000人とする。みんな農業や漁業、手工業で細々と生活している。そこに蒸気機関の発明が起こり、自動車が発売される。新しい車にみんな驚愕し、我先にと買い求めその年100台も売れた。次の年は200台も売れた。こうして、自動車業界は毎年発展を遂げていく。しかし、ある年からパッタリと売れなくなった。そう、その年で1000台売れてしまい、一人一台持つようになった。同じ車を二台も三台も買わないのだ。その後は、壊れた車の買い替え、新タイプの車の買い替えしか売れなくなり、年に50台しか売れなくなった。こうなると、自動車業界は斜陽の一途である。しかし、そこで驚くべき家電製品が売れ出された。テレビ…この魔法の箱を、みんなが買い求めた。最初の年100台売れ、次の年は200台も売れた。そして、家電業界は発展を遂げていく。自動車業界で失業した労働者は、家電業界に流れて働く。しかしまたもや一人一台テレビが行き渡って、買い替え需要ぐらいしかなくなり、年に20台しか売れなくなってしまった。失業者がまた出現する…。しかし、こういう状況は長い目で見ないと分からない。何故かと言うと、第一に世界の人口は数十億もいて市場が広く、新規需要・買い替え需要とも幅が深いこと。第二に、20世紀は様々な新技術商品が次々と発売されたため、他の製品の落ち込み分を十分カバーできたこと。
 しかし20世紀をかけて、西側先進国にはほとんどの製品が飽和状態に達した。新たな需要を求めて、アジアやアフリカなどの市場を開拓しようにも、経済力の低い国では高価な工業製品は高根の花でなかなか売れない。結局、世界中で物が売れない(要約すると、商品飽和状態の先進諸国では買い替え需要しか起こらない)。物が売れないので、産業が斜陽化していく。すると、失業者が増えていく。これが現代の世界的不況の根本的な原因である、と私はとらえている。
 この状況を打開するには、皆が持っていない新しい技術による商品が売れる必要がある。その矢面にたったのが、IT(インフォメーション・テクノロジー/情報技術)である。パソコンを初めとするハードの販売の増大、それに伴うソフトウェア開発、光通信ケーブルなどのインフラ整備等々により、経済活動の拡大と失業者の吸収が期待された。


①IT革命の利点…まず、情報の交換が全国規模でスムーズになる。例えば、全国的なテレビ・新聞・雑誌広告をうてない小農家も、自分で栽培した無農薬&有機肥料作物をインターネットなどを通じて全国に配信できる。また、消費者も欲しいのにどこで手に入れたらよいか分からなかった有機栽培作物を、インターネットで調べて購入することが可能となる。大企業でない個人でも、やる気と良質な商品さえあれば、商売を全国展開できるのだ。
 第二に、今までの情報媒体は、テレビであれラジオや新聞であれ情報は一方通行であったが、これからの媒体はインターネットやデジタルテレビに見られるように双方向となる。例えば、生徒は分からないことがあったらインターネットで先生にすぐに質問することも可能となり、テレビを見ている人はその番組に参加することさえできる。
 そして最大のITの期待点は、光通信ケーブルなどのインフラ整備(公共的事業)やパソコン等のIT機器が大量に売れるなど、経済の底上げがされること。
つまるところIT革命とは、主に"IT関連機器の販売向上"、"インフラ整備"、"情報の広がりとスピードがもたらす経済効果"を期待することであると言える。


②IT革命の欠点…上記で利点ばかり挙げたが、負の面もある。まず、インターネットで生産者と消費者が直接売買ができるという事は、極論を言えば従来の問屋や販売店、小売店、デパートなどの仲介的立場の商売が不要であることを意味する。資源を持たない日本は、全体の約8割が営業職種である商人国家である。販売店が不要であるということは、日本の労働者の8割の仕事が危機に瀕するということなのである。同様に、インターネット取引は小さな事務所で事足りるので、基本的に大店舗を必要としない。つまり展示スペースを持つ販売店やデパートなどの大面積を持つ不動産が不要となり、大都会の豪勢なビルディングが空家だらけとなる。これらの例はあくまで極論だが、IT化の利点ばかりに目を向け欠点を知っておかないと、生産物の売買で成り立っている日本は経済を立ち直すどころか、失業者の増大と経済の凋落を招きかねない。また新しい時代にうまく適応できたものは稼げるが、そうではない多くの者は貧しくなる。一億総中流家庭の時代から、少数の金持ちと多数の貧乏という両極化の時代の到来も考えられるのだ。
 第二に、インターネットなどを使った情報技術により"自宅"で金融取引も、物の売買も、教育も、仕事すらもできると考えるのは、いかがなものだろう(これは経済的側面というよりは、道義的側面で述べているのだが)。人との関わりが希薄な社会というのは、考えただけでも恐ろしい。特に、インターネットを利用した教育と言うのは疑問だ(余程の離島や山奥でもない限り…)。現代社会ですらすでに、子供たちは十分孤独である。塾に行かないと、友達がいないような社会なのだ。人の痛みを理解できないような犯罪が増えている現在、今以上に人と人との触れ合いがなくなる情報機器の利用であれば、将来必ず倫理的にはもちろんのこと、経済的にも日本の将来に打撃となるに違いない(IT技術を、"生活の中心核"に据えるのではなく、生活を便利かつ豊かにする"道具"としてとらえた方が良いと思う)。


・IT革命の幻影…さて、なんだかんだと言ってきたが、結局のところIT革命は大失敗と言うか、幻影に終わってしまった。世界中でIT分野事業は失速していった。IT機器も売れなくなり、ITを利用した商売もうまくいかない。何故失敗したか、理由は色々言われている。最もよく言われるのが、心理的理論。「皆お金を持っているのに物を買わない。売れないから、物の価格はどんどんさがりデフレ(注:インフレーションの逆で物価が下がっていくこと)に陥る。企業は売り上げが下がるので、労働者をどんどんリストラしていく。すると一層将来が不安な労働者たちは、より一層貯金を使おうとせず物を買わない。こうした心理が、デフレに拍車をかけている。つまり人々が物を買わないのは、将来が不安であるという心理的な要因が大きい」というような論法である。しかし、私はそうは思わない。
 わたしは、次のように考える。単純に「物が売れないのは、あたらしい技術の革新が起こらないからでる(個々人はもちろん欲しい物が色々あるが、マクロで見て新たに欲しい物がないということ)」と。今、次々新しい商品が開発されているように感じている人が多いと思うが、それらは過去の技術の練り直しや洗練化にすぎないのである。新しい車がでようと、新しい冷蔵庫がでようと、新しいテレビが出ようと、それは"新しい"という形容詞が付いたに過ぎない。今、たいていどこの家にも、車、テレビ、ステレオ、エアコン、冷蔵庫、洗濯機etc.は揃っている。もはや買い換え需要しか存在しないのだ。高度成長期時代は、我先にとこれらの品々を買い求めて破竹の勢いで伸びていったかもしれないが、今や買い換え需要しかない。そこで、白羽の矢が立てられたのが、IT分野。新しいIT機器なら売れるだろう!しかし、大きな誤算があった。IT革命が叫ばれる前から、携帯電話やパソコンはかなりな勢いで販売を伸ばしていたのだった。今さら破竹の勢いで売り上げを伸ばすというのは、不可能に近い。一般の家庭の人々が、新型パソコンが発売されたからと言って、毎年パソコンを買い続けるわけはないのだ。1台か、せいぜい2台もあれば十分だから(おじいさんや幼稚園児にまでパソコンを買って使えというのは酷だし、いずれにせよいつか販売の頭打ちはやってくるのだ)。携帯電話も、ほぼ国中に行き渡ってしまった。結局IT革命の担い手とされたIT機器は、その使命を担えなかった。IT機器生産の担い手の大手メーカーは失業者の吸収をするどころか、逆にリストラで大量の失業者を出す始末だった。こうして、IT革命は盛り上がることなく収束してしまった。今後、インターネットの高速化・ブロードバンドなどの整備・拡充が進んでいくとは思うが、革命と名のつくほどのインパクトは絶対ないと言い切れる。所詮、今ある技術の洗練化と拡充に過ぎない。
 爆発的な経済効果を欲するなら、革命的な技術革新が必要である。産業革命時の蒸気機関の開発や、20世紀のエレクトロニクス技術と同じくらいインパクトのある技術革新が必要である。例を挙げるなら、「核融合炉発電所」がついに完成するとか、「どこでもドア」が発明されるとか、そのぐらいのインパクトのある技術や製品が開発されないと、技術革命とまでは言えない。もし「どこでもドア」があれば、高くても無理してみんな買い求めるでしょう。おそらくは一家に一台になるまで売れるに違いないのだ…車やテレビと同じように(そしてそれ以降は、再びまた買い替え需要しか起こらなくなるのは間違いないが…)。最も、今の科学の技術では「どこでもドア」は夢物語だけれど。


・今後の経済について…IT革命が幻影に終わり、日本の経済も世界経済もどん詰まりで下降の一途。革命的な技術革新が起こる気配は、まったくない。おまけに、テロや細菌・プリオン騒ぎが不況に追い討ちをかける。今や、経済は八方塞がりの状態。その状況を打開するのに、世界中の経済学者、政治家、官僚、企業家たちが頭を悩ましている。そんな分けで(私一個人が答えを出せるわけもないが)、私なりに新時代の経済案を構築してみた。

①所得の平均化…さて、世界経済が回復するには、物(注:主に工業生産物)が売れなければならない。しかし、上記で見たように、先進国諸国で爆発的に物が売れる可能性はない。残りの可能性は、広大な市場であるアジアやアフリカなどの発展途上国の市場が開拓され、物が大量に売れることである。しかし、それらの国々は所得が余りに低く、人々は高価な工業製品(車や家電)を買うことが出来ない。それらの国々の所得を押し上げるには、第一次産業を脱して産業を工業化しなければならない。所得の低い自国では高価な物は誰も買えないので、工業製品を貿易によって所得の高い先進諸国へ売り、外貨を獲得する必要がある。ところが、先進諸国自体がすでに工業製品が飽和状態で、自国の製品さえ売れない。そんな所へ、後発技術の洗練度の低い輸入品を持ってきたところで売れるわけはないのだ。つまり、これからの時代は発展途上国が先進国の仲間入りをし、所得を押し上げるのは非常に難しいのだ(日本は運良く先進国の仲間入りができたが、それは時代的にまったく運がよかったに過ぎない)。仮に発展途上国の多くが工業化できる条件が揃ったとしても、今や地球環境がそれを許さない。現在、地球の自然環境は崩壊寸前。20世紀の経済グラフの上昇曲線と対をなすように、多くの動植物が滅び去り、水や大地や空気が汚れてしまったのだ。地球が悲鳴をあげている。
 技術革命も起こらない、新たな市場も開拓できない…この手詰まりの状態をどう把握したらよいか。ここで、再び話を簡略化しよう。1000人の人々が住む国家があったとする。蒸気機関やエレクトロニクス技術の進展で、失業率は0%で企業の支払う給与の総額は10億円に伸びたとする。一人あたりの所得は100万円。ところが次第に物が売れなくなり、翌年企業の支払える給与の総額は8億円に減ってしまった。賃金を下げることができないので、200人の人を首にした。この200人、国全体で企業の支払える給与が8億円しかないから、どんな会社に行っても絶対に就職できなし、経済はまったく回復しそうにない。…実は、これが今の日本や世界の経済状態である。では、どうした良いか。職のない200人の人々を路頭に迷わせ、滅ぶだけの道を歩ませるのか?否、一人あたりの所得を80万円に引き下げるのである。こうすれば、8億円の給与で1000人の人々が暮らせる。単純な案ではあるが、基本的にこうする道がベストと考えられる。
 しかし、これは共産主義的手法である。過去、全体主義的統制経済である共産主義が成功しなかったことは、歴史上明らかである。人間の欲望に基づいた市場経済だからこそ、資本主義がここまで延命できたことは明らか。しかし生き残ってきたどの先進国のシステムも、純粋な資本主義・市場原理ではなく、共産主義的統制経済との混合型であったのも事実。日本などは、市場経済の皮を被った統制経済と言っても過言ではない。集団護送船団方式により、自国の産業を諸外国の企業から守ってきた。今度はそれと似た事を、世界規模で行う必要があると考える。世界各国で強調して、先進諸国の所得を下げる。同時に、発展途上国の所得を上げる。当然、先進諸国の生活は質素・シンプルになり、発展途上国の苦しい生活はもっと豊かになる。これは地球環境を考慮し、工業化できない発展途上国への保険金的意味合いとも考えられる。しかし今までのように、先進国が発展途上国へ資金を援助したり、融資したりする方法は好ましくない。変わりに、先進諸国の企業が世界各国に展開する必要がある。援助による所得の向上ではなく、労働の対価としての所得向上でなければならないからだ。もちろん全体主義的統制経済は必ず失敗するので、各自の働きに応じて所得の一定の差は生じざるを得ない(そして企業活動は、今までのようにナンバー1を目指すより、各国地域・地場の特色を現すオンリー1の方向へと向かうのが望ましいだろう)。所得の向上した途上国の人々は、新たな市場の担い手となり、工業製品の購買客となりうる。
 一見して夢物語のような方策だが、技術革命も新規市場も開拓できない今、これが新世紀の経済のあり方だと考える。例えばこの方策だと、日本で年収800万円の人が半額の400万円に減るかもしれない。新車もなかなか買えず、海外旅行にも行きにくくなるだろう。しかし考えてみて欲しい。世界中には、先進諸国の何倍もの人々が、貧しい暮らしを強いられている。先進国一人あたり、発展途上国の30~50人分もの消費をしているのだ。全世界の人口61億人のうち、約半数の人々の一日の収入が240円に満たない(つまり月収が1万円にも満たない)。発展途上の国々で、11億の人々が汚れた水を飲み、8億もの人々が慢性的な栄養不良状態にある。毎日の食事にも事欠き、最低限の医療や教育も受けられずにいる。彼らの月収が数万円になるだけでも、生活は格段に豊かになり、各地の紛争も今よりずっと減る方向に向かうはずだ。今までのように先進諸国が発展途上国へ「施す」のではない。彼ら自らが生活費を「稼ぐ」。それは同時に彼ら自身の「プライド」ともなるはずだ。企業を各国に展開するのは、世界中の人々がより平和に「共存」していくための"保険的負担"と考えてはどうだろうか?名づけて「共存資本主義経済」と言うのは、どうだろう…。

②公金使用の適正化…洋の東西を問わず国家の予算の使い道というのは、歴史において必ず重大な問題を提示してきた。国家の予算は主に税金で賄われ、不足した場合には国の負債(国債)で補われる。大国一国あたり数十兆円という莫大な規模の国家予算は、適正に使われるか否かによって経済へ与える効果を大きく左右する。世界大不況時、アメリカで行われたニューディール政策は、経済の活性化をもたらし失業者の吸収に役立ち、世界各国もこれに倣った。これが、世界が不況を脱する要因となった。いかに、国家の予算の適正な使い方が大切かがお分かりいただけると思う。ただ現実の世界を見ると、国家予算が適正に使われている国というのは意外に少ない。どの国においても、必ず企業は政治家や官僚と結びつき、自らの方向に利益を誘導しようとする。その結果、しばしば優先順位の低い事業に莫大な予算が投入され、結果として経済に悪影響をもたらしてきた。日本の公共事業はその典型例で、毎年のように同じ道路を掘り返したり、誰も利用しないようなコンサートホールや施設を各地に作り出したりしてきた。これは決して日本だけでなく、他の国でも同様である。アメリカでは軍産複合体(軍と軍需産業の蜜月関係)があまりに強くなり、毎年莫大な軍事予算が計上されている。絶対に開発不可能といわれる"ミサイル防衛構想計画"の技術開発に5年間で2兆円もの予算をつけたのも、こうした関係から生じた適正でない予算の典型例である。かつて、レーガン政権時代に同様なレーザーでミサイルを打ち落とすという"スター・ウォーズ計画"があったが、大失敗に終わった。同じ過ちを繰り返そうと言うのは、強大な軍産複合体のゆえである。また、アメリカが定期的にかつ積極的に大規模な空爆を行うのも、古い装備を大量消費し、新たな軍備需要を生み出すためとも考えられる。地上戦で兵士が安価な一発数十円の銃弾を使うより、空爆で一機数千万~数億円するミサイルを消費した方が、軍産複合体の利益にとっては都合がよい(それに自国の兵士が犠牲にならないという点で、世論の同意も得やすい)。日本の公共事業やアメリカの防衛産業などの受注にあたり、膨大な額のバックマージン(つまり裏金)が政治家、官僚、関係者へと流れることも常々問題になっている。ヨーロッパでも同様な問題が指摘されており、EU(ヨーロッパ連合)でも、莫大な額の公金が闇(高級官僚たち)に消えていることが指摘されている。発展途上国の多くではもっと悲劇的で、その政権上部から末端に至るまでの不正の大きさ・根深さには目を被うばかりである。
 同時に予算の下方硬直性も指摘されている。いったん各部門に予算がついてしまうと、税収が大幅に減ったとしても、国債を発行してでも各部門は自己の予算を守ろうとする。こうして、国の借金は回収の見込みもないのに増え続けていく。日本などは、今後国債の元本の返済だけでなく、利払いすら困難な債務超過国の仲間入りである。発展途上国の多くはすでに同様な状態で、多くの割合の国家は借金の返済のできない破産国家状態なのである。
 現在、経済大国である日米を初め、多くの国家が予算を適正な目的に使用しておらず、適正な予算規模に縮小することができない。理由は、よく言われるように、政府・官僚・企業の癒着によることが大きい。こうした行為を適正に処罰する法がきちんと整備されれば良いのだが、日本では処罰の甘いザル法として成立してしまった(泥棒が泥棒を取り締まる法律を作ったりはしないという典型例である)。
 一方、産業革命の発祥地である大英帝国では、こういった問題が他国より早く起こり、政治家達の不正があまりにひどくなったため、非常に厳しい法整備を行った。不正を行った政治家には、非常に厳しい処罰が適用される。当然、日本のように政治家に返り咲くなどということは不可能である。各国の予算が適正な目的・適正な規模で行われるため、政府・官僚・企業の癒着を厳しく規制し、違反した場合には抜け道のない厳しい処罰が適用される、そういう法とシステムの整備が絶対必要である。これは特定の政権が支配する一国ごとでは不可能なので、国際的なルールを作成し、順次各国が批准してそのルールに従い法整備を行い、独立した国際的な機関がそれを監視し、不正が行われた際に勧告・警告する、そういうようなグローバルなシステム作りが必要だと考える。

 私の新時代の経済方策案を簡略に記すと、①先進国の企業を各国に展開し、発展途上国の所得を押し上げる(先進諸国の所得は下がる)。つまり「共存型の資本主義経済」へ移行する。②各国が適正な予算規模・予算目的を作成・執行できるような、国際的なルール作成、及び国際的な機関を作る。…この2点を考えてみた(一発大逆転のウルトラC的"新経済理論"というのは有りえない、と私は思っている。そういうことを言う経済学者が出てきたら要注意)。
 これ以上の地球環境の悪化、資源の大量消費が不可能であることを考えた場合、今以上の工業化は現実的に無理だろう。発展途上国に矛盾を押し付けるのでなく、我々の生活が今より質素になるのであっても、世界各国が平和に共存できる道を探るのが良いのではないかと思っている。皆さんは、どう思いますか。


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