日本におけるキリスト教の伝道 4

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4.伝道の対象 ~誰に福音を宣べ伝えるのか?~


 福音宣教の内容や目的、そしてその主体について考えてきたが、今回は、その対象について考えたい。

 聖書を読む時、救いが適用される対象として、大きな間違い(ないし勘違い)と言うものが二つある。
 一つは、「(旧約聖書の時代において)一部の民族のみが救われているだけではないか」と言う考え、もう一つは「(新約聖書以降において)イエスの贖罪によって万人が救われるのではないか」と言う考え。これらは両方とも、一部は正しく、一部は間違っている。

 まず前者について考えてみよう。旧約聖書の神はイスラエル民族(※ユダヤ民族)にしか救いを適用されていないと、しばしば言及される件について。確かに旧約時代は、民族性の契約期と捕らえられ、イスラエル民族は神の選民であった。これは、聖書自体が語っている紛れも無い事実である。
 しかしながら、旧約時代の民族性は"絶対的"ではなかった。新約聖書で明らかにされているように、(旧約の神と新約の神はまったく同一であり)旧約の神も全ての神である事は明らかである。神は全人類を創造され、そして堕落した人間に救いの主を約束された。人類に迫っていた審判から、ノアとその家族を救われた。またアブラハムをその地から連れ出し地のすべての家族が祝福を受けると約束された。そして、旧約の預言者達を通して、救い主の到来を告げられた。
 イスラエルの神が、ヨナに命じてアッシリア帝国の都ニネベの邪悪な民を悔い改めさせた時、彼等はその不義から立ち返り、神は災いを下されなかった。エリコのラハブしかり、モアブの女ルツしかり、シリア人ナアマンしかり、このような例は旧約聖書の至るところで見出される。異邦の民であっても神を仰ぎ見る時、神はそこに救いと祝福を与えられた。一方、イスラエルの民と言えど、神に背き信仰から遠く離れた時には神から見放され、異邦の国の民を用いて災いを下された。周囲の国々やアッシリア帝国やバビロニア帝国と言った大国が、しばしば神から心の離れたイスラエルを苦しめた。つまりイスラエルは神によって選ばれたが、その民族性は絶対ではなかった。
 イザヤ書において「地の果てのすべての人々よ。わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにいない」(45章22節)の言葉は、文字通り"地の果てまでのすべての人々"に語られている言葉である。詩編で「主よ、あなたがお造りになった国々はすべて御前に進み出て伏し拝み、御名を尊びます」(86編9節)と言われるように、イスラエル民族だけでなくすべての民族が神の御名をあがめると言われているのである。

 一方の新約聖書時代以降の、「イエスの十字架の死によってすべての人が救われる(※万人救済)」と言われる件について。確かに旧約時代が民族性の契約期とされるのに対し、新約時代は普遍性の契約期と言われて、両時代は区別される。この普遍性は、キリストの死によってもたらされたものである。この普遍性の意味について考えてみよう。
 まず、(旧約時代の)神と人間との乗り越えられない"深い溝"が埋められたと言う事。キリストの到来によって、旧約聖書の言葉が実現した。(儀式律法や聖書の言葉も含め)旧約時代の実在は影のようであったが、新約時代の実在…つまりキリスト…は本体そのものである。本体そのものであるキリストの到来によって、神は儀式律法を廃棄された。キリストが十字架で死なれた時、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けた事は、それを象徴的に示している。神殿の"聖所"と一般人の決して入れない"至聖所"の境が、完全に取り払われたのである。人は祭司を通してではなく、キリストを通して直接神に近づけるようになったのである。
 次に、神の救いが特定の民族ではなく、すべての国民に提供されていると言う事。キリストの最初の弟子達は、まずイスラエルに限定して宣教活動に送り出された。しかしキリストの死が、"民族性の契約時代の終結"と"普遍性の契約時代の開始"を、新約聖書は記している。異教徒のギリシャ人が「イエスにお目にかかりたいのです」と弟子に頼んだ時、イエスは(感動して)「人の子が栄光を受ける時が来た。はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの身を結ぶ」(ヨハネによる福音書12章23、24節)と言われ、「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」(同福音書32節)と言われた。つまり、キリストの十字架の死によって、すべての人がキリストへと引き寄せられるのである。エフェソの異邦人キリスト者に、パウロが書き送っているように、「…十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。そこで、このキリストによってわたしたち両方の者が一つの霊に結ばれて、御父に近づくことができる」(エフェソの信徒への手紙2章16~18節)のである。ユダヤ人も異邦人も、一つの体として神と和解せられたのである。
 イエス・キリストは、復活後、天に上げられる時に言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイによる福音書28章18~20節)。神の福音は、キリストの死によってすべての人に提供され、そしてキリストご自身が"すべての民"を"弟子"とするように命じておられるのである。大伝道命令…そのことによって、教会は地の果てまでも福音を述べ伝えるのである。

 そて、ここで、最初の問いに戻ってみよう。救いは"すべての人"に提供されていて、教会はすべての人に福音を述べ伝えるよう鼓舞されている。では、新約時代に生きる「人類すべてに"無条件"に"救い"が適用されるのかどうか」と言う、重大な問いである。
 まず"神の救い"は、人間側のいかなる努力や功績によっても獲得できない。人間理性によっては、互いに和解させられない。神の救いは、"一方的"に神から与えられた恵であると言う厳然たる事実がある。「事実、あなたがたは、恵により、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です」(エフェソの信徒への手紙2章8節)とある通りである。そして、「生まれながら神の怒りを受けるべき者」(同書2章3節)である我々であっても、例外なくそれを受け取る事ができる。(前章でも取り上げたが)イエスと一緒に十字架に付けられた犯罪者ですら、イエスを受け入れる事で、キリストご自身に「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われたのである。救いはすべての人に提供され、提供された人はそれを受け入れる事で救いに入る事ができる。ここに問いに対する一つの答えがある。「救いは無条件にすべての人に与えられるが、その救いを受け入れる事が必要である」と言う事である。
 では、神から提供された救いを拒んだ場合は、どうであるのか?聖書は、"滅び"であると伝える。神は「一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられる」(ペトロの手紙Ⅱ3章9節)のだが、福音を拒否して永遠に滅びに入る人々がある。元々「生まれながらに神の怒りを受けるべき」人類が、福音を拒否した結果、滅びる。残念ながら、福音を受け入れない人々が滅びると言うのは、聖書がはっきりと語る。「神はご自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされる」(ローマの信徒への手紙9章18節)とあるように、神はある者を救いに選び、ある者を滅びに定めていると伝える。神がそのように、救われる者と滅ぶ者を、初めから定めているなら、人間が福音を伝える事は虚しい事ではないのか?「誰が神の計画に逆らえるのですか?何故、神は人を責められるのですか?」と。聖書はこう答える。「人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた物が造った者に、「どうしてわたしをこのように造ったのか」と言えるでしょうか。」(同書20節)と。神が誰を"救い"や"滅び"に選んでいるのか、我々人間の理性では絶対に分からない。だからこの事をもって、福音の宣教、伝道が必要でない、と言う根拠にはならない。救われる人々は、この世において隠されている宝のような物である。だから、むしろ教会は、この世にいるまだキリストの福音を知らない人に福音を述べ伝え、また福音を受け入れない人を説得し、また滅びへの生活を送っている人々に神の元に立ち返るようにと、熱心に招くのである。
 先の"普遍性"に関する問いへの答えは、こうである。キリストの救いは、神からすべての人に一方的に提供されている。人間がそれを受け取れば救われる、と言う事である。

 伝道の対象は、すべての人である。人間は、誰が救われるのかを知らない。同様に、誰が滅ぶのかも知らない。イエス・キリストが「すべての民を弟子」とするように命じられた言葉を厳粛に受け止め、この世の人々に福音を述べ伝え、弟子とし、父と子と聖霊の名によって洗礼を授けるのである。


(2008年 5月 4日記載)


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