カプチーノ限定・超短編小説 07
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ボーイ・ミーツ・ガール
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まだまだ夏の暑さが残る9月中旬。
緒方和人は、ここから10kmほど先にある海辺のパーキングエリアを目指して車を走らせていた。そこには、インターネットで知り合った"小型名車で走る会"の面々が集まっているはずだった。和人は工業高校を卒業した後、近隣市の小さな金型工場…と言うよりも家内制手工業的な小さな会社に就職した。兄弟も兄と弟の男だけ、高校時代も男ばかりで、今の職場も経理のおばちゃんを除いて男ばかり…和人は男ばかりの環境で何年も過ごしていた。
しかし、和人は今年まだ20歳に成り立て。女子と付き合いたいのは、他の同世代の男達と一緒である…と言うより、今は女性以外の事は考えられない毎日である。お金を貯めて二人乗りの車を買ったのは良いものの、助手席に乗せる彼女がいない。和人は身長は178cmあるし、容貌だって決して悪くはないし、腕っぷしも強い(…頭は良くない)。しかし、実生活ではなかなか女性と出会えないので、インターネットであちこち検索して、集合写真に可愛い女性が何人か写っている"小型名車で走る会"の存在を知ったのである。そして、今日初めてその会のミーティングに参加するのである。
和人の購入したスズキのマイティボーイは、ピックアップトラックスタイルの二人乗りの軽自動車。彼は、この車を見るや否や一目惚れしてしまった。マイティボーイは絶版車の中古車で、中古車販売店での価格は相場よりは安かったが、何せまだ社会人になって2年そこそこの身なので、コツコツ貯めた貯金を全部おろしてようやくマイティボーイを買った。彼はサーフィンなどやった事はないが、"荷台にサーフボードを載せたりしたらカッコいいだろうなぁ~"とか、MTBやキャンプ道具は持っていないが"自転車やアウトドアグッズを満載にしてもお洒落かなぁ~"などと、日々妄想を膨らませている。
そんなことを考えているうちに、海辺のパーキングに到着した。パーキングエリアの一角に、小型の名車達が集結している。エスロクにヨタハチ、カプチーノ2台にAZ-1、そしてライフとキャロルにスバル360。和人は、それらの名車の一番右側にマイティボーイを停めた。彼は心がときめき、ワクワクした。インターネットのサイトの写真で見た、会長の小笠原さんが彼の方にやってきた。
「緒方和人さんですね。お待ちしてました。"小型名車で走る会"の会長の小笠原です」。
和人は軽く会釈して、挨拶した。
「あっ、ども、始めまして、緒方和人です」。
会長は、和人をみんなの方に連れて行った。
「皆さ~ん、3人目の新メンバーが付きましたよぉ。これで新メンバーは全員揃いましたので、自己紹介に入りましょう!」
"おお、新入会員が俺の他に2人もいるのか…楽しみだ"と、和人は心の中で思った。各自の車の前で雑談を交わしていたメンバーが、ゾロゾロと会長と和人の方にやって来た。小笠原会長は言った。
「まず、私から紹介をします。"小型名車で走る会"の会長を努めさせていただいています、小笠原浩之と言います。ヨタハチとカプチーノのオーナーですが、今日はヨタハチに乗ってきました」。
「では、次に新人さんから紹介してもらいましょう!自分の名前と乗っている車を紹介してください」。
そう言うと、会長はまず和人に挨拶するように目で促した。
「えぇ~、初めまして。緒方和人です。乗っている車は、マイティボーイです」。
会長は、次の新メンバーに挨拶するよう促した。
「初めまして、田中一郎です。カプチーノに乗っています。よろしくお願いします」。
和人は思った。"なんだ、男か"。続いてもう一人の新人があいさつした。
「おはようございます、山岡正人です。スバル360を、つい先日購入したばかりです」。
…ああ、これも男だ。
新メンバーの挨拶が終わると、今度は旧メンバーの紹介が始まった。
「千葉大介です。エスロク暦12年です。よろしく」…また男だ。
「田中雅史です。AZ-1乗ってます」…男。
「キャロルに乗ってます。館山哲也とこっちが妻の明子です」…夫婦だ。
「カプチーノ乗ってます。この二人の息子で浩って言います。よろしくお願いします」…男、しかも同年代位か。
「ホンダ・ライフに乗っています。小山聡と嫁さんの小百合です」…これも夫婦だ。
"なんてこった、男ばっかり!女性もいるが、既婚者ばっかり…こんなはずじゃあ…"和人のテンションは、急激に下った。9月の残暑のはずなのに、緒方の心には初秋の風が吹いた…きっと、すぐに冬が来ちゃうんだ。会長は言った。
「メンバーは全部で30名ぐらいいるんだけど、今日集まれたのはこれだけです。あれ?あと何人か来れるはずだったと思うけれど…」。
会長がそう言っている間に、パーキングエリアに新たに3台の車が進入してきた。オープンにしたホンダ・ビート、スズキの初代セルボ、そしてスバルR2の3台である。その3台は、和人の横のスペースに駐車した。それに気づいた会長は言った。
「ああ、そうそう、この3人も今日来るって言ってたんだっけ」。
ビートとセルボとR2から降りてきたのは、いずれも女性だった。しかも3人とも若い!初代セルボから降りたショーヘアーの女性が言った。
「会長さん、ごめんなさ~い。陽子が10分も遅刻したの、またお化粧よぉ~」。
するとR2から降りてきた長い黒髪の女性が、
「あら、朝のお化粧は女性のたしなみよ~」。
とおどけて言った。その後で、オープンのビートから降りてきた黒いキャップにサングラスの女性が言った。
「あら、こちらが例の新人さんね!3人とも若いじゃない!私、瀬川浩美よ。よろしくね~」。
続いてセルボの女性が挨拶した。
「私は、横田幸子。あら、君、マイティーボーイなんて、いい趣味してるわね!」
最後にビートの女性が挨拶した。
「私は、森島陽子よ。カプチーノ、また一台増えたわね。スバル360は初登場ね!」
これに続いて新メンバー3人が、再びそれぞれ自己紹介をした。一通り自己紹介が終わると、小笠原会長が言った。
「さて自己紹介も終わった事ですし、予約してあるレストランに行きましょう!ランチをしながら、話しはそこでゆっくりしましょう。レストランは15kmほど先なので、のんびりとドライブを楽しみましょう!皆さん、安全運転よろしく!」
小型名車で走る会の車たちは、一台ずつパーキングエリアを出て行った。和人の一度落ちたテンションは、再び急上昇した。
「なんだ、やっぱり女の子いるじゃないかぁ~!!セルボの子、なんて言ったっけ?横田さんだっけ?」
彼女が言った台詞が、リフレインして和人の頭の中で反響していた。
「君、マイティボーイなんて、いい趣味してるわね!いい趣味してるわね!いい趣味してるわね!」…自然と和人の顔はにやけてしまった。
マイティボーイを運転中、ふとある疑念が和人の頭に浮かんだ。
「あれ?みんな自分の車、持ってるじゃん…。まあ、当然だよなぁ~、"小型名車で走る会"だもんなぁ。すると、このマイティボーイの助手席には、いつまでたっても誰も座らないってことじゃん!?」
和人は一瞬愕然とした。和人は容姿は良いが、頭は良くない。それでも9月の残暑の太陽は、和人には7月の盛夏の太陽に感じられた…これから夏本番だぜぇ!!和人の未来は、とてもとても明るいのだった。
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