カプチーノ限定・超短編小説 06

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てんとう虫のサンバ


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 うだるような真夏の大気。さすがにこの暑さ、オープンカーの季節ではない。一郎はカプチーノの屋根をクローズドにして、エアコン全開で運転さぜるを得なかった。あと5分で駅に着く。地元駅の東口では、彼の友人の正人が待っているはずである。一郎のカプチーノは、ほぼ時間通りに駅に到着した。しかし、まだ正人は到着していないようだ。まあ予期はしていたが、時間のルーズさは相変わらずである。
 山岡正人は田村一郎にカプチーノを売った張本人で、おかげで一郎は今、大の車好きになっていた。一方、彼にカプチーノを売って自らはS2000を乗り回していた正人は、4週間前に峠道でドリフト走行中に車のフロント部分を…エンジン共々…大破してしまい、今は車(あし)が無かった。この単独クラッシュの件で父親にも大目玉を食らい、今は運転謹慎中の身である。一ヶ月経ってようやく謹慎が解け、新たな車を探すこととなった。

 正人は、10分遅れて駅の東口に現れた。カプチーノの助手席に乗り込んだ後、ひとしきり遅刻の言い訳をしてから、次に買う車について話し始めた。
「もう、スポーツカーはこりごりだ。親父にも、散々絞られたしね。首のコルセットもようやく取れたし、今度はのんびり運転できる車を買うよ」。
前方を見据えたまま一郎は言った。
「本気?カプチーノ、S2000と来て、次はおじさんセダンか何か?」
正人は答えた。
「まだ分からない…。この前、"小型名車で走る会"っていう会の代表の小笠原さんって言う人と知り合いになったんだけど、話を聞いていたらとっても面白そうで、キャロルとかライフとかエスロクやヨタハチなんかの話が凄く楽しくて…パワーと速度だけが車の楽しみ方じゃない、って気がしてきてね。非力な旧車の小型車でも良いかなって気がしてるんだ…。で、一郎が紹介してくれた自動車屋には『のんびり運転できて、乗っても見ても楽しくて、ある程度実用的な旧型の小型車』って、電話で伝えたんだけど…。ところで、その自動車屋って信頼できるの?」
「すごくね。旧車から新車まですごく詳しいよ。メカニックとしての腕は一流だし、義兄(あに)もそこで車買ったんだ。AZ-1だよ」。
と、一郎は言った。

 しばらくすると、カプチーノは"中川自動車販売"に到着した。店の敷地のスペースには、様々なユーズドカーが並んでいる。一郎がカプチーノを駐車スペースに留めるのと同時に、敷地の奥の建物から作業着を着た社長の中川さんが出迎えにやってきた。
「お待ちしてましたよ!」
二人はカプチーノを降り、軽く会釈をした。一郎が、中川さんに正人を紹介した。
「あの、彼が例のS2000をおシャカにした正人です」
「初めまして、山岡正人です。よろしくお願いします」
と言って、正人はもう一度頭を下げた。正人は、"中川さんって、社長なのにまだ若いんだ"と心の中で思った。
中川さんは、にっこりと微笑んで言った。
「先日、お電話でお伺いした希望に副うようなお車をご用意しておきましたよ。こちらへどうぞ!」
そう言いながら、中川さんは二人を奥の事務所兼展示室の建物に連れて行った。建物の中には3台の車が陳列してあった。一台目はホンダ・シティのカブリオレ、2台目は旧フィアットパンダ、そして最後の一台はスバル360だった。正人は、目を輝かせて言った。
「うわ!どれも旧車なのにピッカピカじゃないですか!特にこのスバル360!」
中川さんはそれを聞いて、とても嬉しそうだった。
「そうなんです。新品みたいでしょ?実はこのスバル360はですね、父の友人が長年乗っていたワンオーナーカーなんですよ。しかも、パーツを細目に交換して乗っていたので、とても状態の良い逸品なんです」。
それを聞いた正人のテンションは、さらに上がった。
「カブリオレもパンダも、僕の希望の要件を満たしていてとても良いと思うけど、でもやっぱりこのスバル360が良さ気だな!」
中川さんが、それに答えて言った。
「車は買った方が自由に乗られる品物ですし、どう扱ってもらっても良いのですが、このスバル360は今では数少ない極乗車ですし、前に乗っておられた方のお気持ちを考えると、ぜひ大事に乗っていただける方にご購入していただきたいと思います」。
一郎が、二人の会話に横から口を挟んだ。
「中川さん、この正人って男は、はっきり言って我がままですし、飽きやすいし、粗忽者ですし、こんな歴史的な価値のある大事な車を任せても良いのでしょうか?僕が正人から買ったばかりの頃のカプチーノ、知ってるでしょ?短期間に、あれだけボロボロにした奴です。それにS2000に至っては…ご存じの通りクラッシュですよ!」
正人が、ちょっと怒った口調で言った。
「今度は大丈夫だよ!ちゃんと屋根付きのガレージに入れるし、メンテナンスもしっかりやるよ!」
「なんか『今度はちゃんと世話するから、この犬飼っても良いでしょ!?』って言う子供みたいな台詞だなぁ~」。
と、一郎が呆れたように言った。中川さんが二人の会話を聞いて、笑いながら言った。
「まあまあ、取りあえず座りましょう。暑かったでしょ?今、麦茶だしますから!」
そう言って、中川さんは冷蔵庫の方に行った。

二人はソファーに座り、スバル360を眺めた。ホントにピカピカである。とても半世紀も前の旧車とは思えない。
「なあ、正人」と一郎。
「なんだ?」と応える正人。
「これ買うんだったら、本当に大事にしなきゃいけないと思うよ」。
「うん、分かってる…」。
正人は、スバル360を見つめながら静かに頷いた。

中川さんが、コップに氷と麦茶を入れて戻ってきた。麦茶を飲み終えると、正人は言った。
「あの、このスバル360、ちょっと試乗してみたいのですけれど…」。
中川さんは答えた。
「いいよ。じゃあ、今から出すから5分ぐらい休んでてね…」。

そして5分後、正人は、建物から出されたスバル360の運転席に座っていた。
一郎はカプチーノに乗り込みながら、中川さんに言った。
「あの、心配なので、念のため僕も後ろから付いていきます」。
中川さんは、ニッコリ微笑んで首を縦に振った。

 スバル360は独特の軽いエンジン音を響かせ、販売店の敷地から慎重に車道へ出ていき、カプチーノもそれに続いた。正人は、カプチーノでもS2000でも感じたことのない、独特のふわりとしたような操舵感をこのスバル360で感じた。同時に、がんばっているエンジンの音とその振動を体で感じた。高速走行とは無縁な車かもしれないが、それでも踊りだしたくなるような衝動を感じた。そう、上手く言葉では表現できない色んなものを"五感で感じた"。窓を全開にして走行する。真夏の暑さの中、正人の背中は汗でびっしょりと濡れていたが、そんな事を忘れるくらいに楽しかった。久しぶりにワクワクした。通りを歩く人々の何人かが、珍しそうにスバル360を振り返った。
 周辺を5分ぐらい走った後、スバル360とカプチーノは、中川自動車販売の敷地に戻ってきた。二人はそれぞれの車を降り、正人はすぐに中川さんに駆け寄ってこう言った。
「スバル360にします!絶対に大事に乗ります!約束します!」
一郎は正人のその言葉を聞いて、なんだかうれしくなった…理由など分からないが。スバル360の購入が、なんとなく友人の正人の中で何かが変わるきっかけになるような気がしたのだ。あの我がままで飽きやすい正人の中の何かが。
「では、再び中へどうぞ。書類を作りますから」
と、中川さんが言うと、3人は建物の中へ向かった。正人は手を左右に振りながら、正に小躍りでもしているような感じだった。正人と一郎は、歩きながらもう一度スバル360を振り返った。ブラジルの真夏の太陽のような真っ白の日差しの中、半世紀を生き抜いたてんとう虫は、照り返しでめいっぱい光り輝いていた。

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