カプチーノ限定・超短編小説 04

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ライフ・イズ・ビューティフル


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 小百合は、ふてくされていた。はらわたが煮え繰り返っている、と言っても過言ではない。その理由は、2週間前に遡る…。

 夫婦でずっと車を買う計画を立てていて、家計をやり繰りして少しずつ貯金していた。まだ子供はいないし、家計も余裕がある訳ではないし、買い物車としての用途がメインなので、中古の軽自動車にしようと言うことになった。買い物専用車と言っても、デザインがださいのは嫌だ。そこで、候補に上がったのは、スバルR2、日産モコ、ホンダ・ライフの3台だった。小百合は車に詳しくは無いが、夫の聡は結婚前は何か珍しいスポーツカーに乗っていた。休日のデートの度に、二人でその車でドライブに出かけた。たまに、珍しい車ばかりの集まったミーティングに連れて行かれる事もあった。小百合は、聡が乗っていたその珍しい車の名前を未だに覚えられない。
 そんな訳で、車の事は最終的に夫の聡にまかせる事になった。聡は、こう決断した。
「よし。ホンダ・ライフにしよう!」。
そう言って、2週間前の8月半ばの暑い日曜日に、聡は車を買いに出かけたのである。そして、昨日の土曜日。聡は、納車された車に乗って帰ってきた。その地味な黄土色の車を見て、小百合は目が点になった。小百合は車に駆け寄り、運転席に座っている聡に強い調子で言った。
「何よ、これ!ホンダ・ライフ買うって言ったじゃない!」。
どう見ても、廃車寸前のような滅茶苦茶古~い軽自動車だった。
「これ、ライフだよ。」と、聡は言った。
「カタログのと全然違うじゃないのよ!確かに中古のライフって言ったけど、古過ぎじゃない!だって、こんなに古いし、窮屈そうだし、荷物も詰めなさそうだし、色は地味だし、それにもう半分壊れてるんじゃないの!?」
詰め寄る小百合に対して、聡は悪びれる様子もなく言った。
「大丈夫だよ。1972年式だけど、立派に走るよ。その道のスペシャリストが、完全オーバーホールしてくれてるんだ」。

 昨日、そんな会話がなされたのだった。二人でせっかく貯めた貯金が、30年以上も前のボロ車に使われてしまった。腹立たしくて仕方ない。二人で貯めたお金なのに!聡は、自分のことなんて本気で考えてないに違いないと感じた。夫の聡は、今日"そのボロライフ"で一緒にドライブに出かけると言い、ニコニコしている。

 小百合はまだ半分怒っていたが、久しぶりのドライブは楽しみでもあったので、渋々ながら超中古車のライフの助手席に座った。午後9時、黄土色のオールドライフは自宅を出発。国道に入る前の一方通行で、通行人の多くがこの古いライフを振り返る。どうもこの車、注目されているようだ。最近、小百合は家にいる事が多かったので、人に注目されるのには少し戸惑いがあったが、悪い気はしなかった。
 国道に入ると、完全オーバーホールされたと言うボロライフは、驚くほどの加速力を見せつけた。交通の邪魔になるんじゃないかとの小百合の心配は、要らぬ心配だった。小百合は、まだ少しふてくされながらも、聡に言った。
「この車、意外と速いじゃない」。
聡は、相変わらずニコニコしながら言った。
「このライフは、ライフツーリングって言って、馬力のあるエンジンを積んだタイプなんだ。車体も軽いから、けっこう速いんだ~」。
小百合は、こう言う表情の聡を見るのは久しぶりだった。そう、結婚前にあの何とか言う珍しいスポーツカーを運転していた頃も、やはりこんな表情をよくしていたっけ。
 ホンダ・ライフは、渋滞の都会を抜け、海沿いの道を走っていた。時計は、11時半を廻っている。聡が、ボソッと言った。
「間に合いそうだな…」。
「間に合うって、何に?」と、小百合は聴き返した。
「12時にね、海岸沿いの駐車場で、昔の走り仲間と待ち合わせをしてるんだ」。
聡の一言が、小百合の感情を更に逆撫でしたようだ。
「えっ!私になんの相談せずに!?私、そんなにお洒落してないわよ!」
なんでもかんでも自分で決めてしまう聡に、また怒りがぶり返してきた。

 12時前に、ホンダ・ライフは海岸沿いの駐車場に到着した。そこには、珍しい車がずらりと並んでいた。聡と小百合の乗るホンダ・ライフが、パーキングスペースに停車すると、珍しい車達の代表者らしき男がみんなに声をかけた。
「聡が来たぞ!」。
すると一斉に歓声が上がった。その代表者らしき男が、ライフに近寄ってきた。
「よお、聡、久しぶり!奥さんの小百合さんですね。覚えておいでですか?"小型名車で走る会"の代表の、小笠原です!」。
顔はうっすらと覚えていたものの、名前はすっかり記憶から抜け落ちている。
「はあぁ…。お久しぶりです…」と答える小百合。
聡と小百合は、ライフから降りた。ずっと座っていたので、大きく体を伸ばす聡。そして、聡は古くからの仲間達の間に入っていった。

 "走る会"の小笠原は、一人残された小百合の横に来てこう言った。
「お疲れになったでしょ。後でみんなが揃ったら、レストランに行きますので…。それにしても、聡は変わってませんね~。相変わらずマイ・ペースと言うか…」。
小百合は、溜まっていた怒りを吐き出すように言った。
「ほんと、自分勝手なんですよ。勝手に車、選んじゃうし。今日だって、行く先、何の相談も無しだったんです」。
小笠原は、驚いた様子で言った。
「えっ?今日の会合の事、聡、小百合さんに話していないのですか…。実は、今日の会の目的は、小百合さんと聡の結婚をお祝いするための会合なんですよ。」。
今度は、小百合が驚いて言った。
「えっ?」。
小笠原は言った。
「聡は、そう言うの苦手と言うか、照れ屋だからなぁ…。昔から、言葉にするのが苦手なやつでね。」
一息ついて、彼は続けた。
「聡ね、結婚前に乗っていたカプチーノを俺に売る時もそうだったな…。結婚式の資金足りないから、カプチーノ買ってくれって。中古屋に売ったら誰が乗るか分からないし、おまえなら絶対カプチーノ大事に乗ってくれるからっ、て言われてね。信じられないかもしれないけど、聡のやつ、カプチーノを俺に譲る日の前日、酒屋で泣いたんですよ。あの聡が!」
小百合は、そんな話しを聞くのは初めてだった。結婚式の不足分の資金を、ニコニコしながらポンと出した聡。聡は、いつだってニコニコしている。
「それで、最近、何か良い車ないかな…って相談されてね。お金が溜まったから、小百合さんにも運転しやすくて、買い物した荷物がちゃんと詰めて、それでいて聡の車心も少しはくすぐってくれる車を買いたいんだ、ってね。カプチーノを返そうかって言ったんだけど、なんせカプチーノじゃたくさんの買い物はできないから、それはあきらめるって言ってね。で、僕が、名職人が手がけた特別なライフ・ツーリングが一台あるよ、って薦めたんだ。稀に見る素晴らしい仕上がりの逸品だよ!小百合さんにも、気に入ってもらえたかなぁ…」。
小百合は、旧友に囲まれている聡の横顔をしげしげと眺めた。小笠原は、小百合の背中をそっと押しながら言った。
「さあ、みんなの方へ行きましょう。改めてみんなに紹介しますね。なんたって、今日の主役ですから」。

 小笠原は、小百合にメンバーを一人一人紹介し始めた。
「エスロクに乗ってるのが、千葉ちゃん。AZ-1に乗っているのが、田中くん。それから…」。
彼は一人一人、会のメンバーの名前と乗っている車を紹介したが、小百合は一台も車の名前を覚えることが出来なかった。しかし、たった二台の車の名前は覚えることができた。カプチーノ。そしてもう一台は、ライフ・ツーリング。小百合は車好きではないが、この2台の名前は決して忘れる事がないだろう。そして、何より聡の優しい想いを忘れる事はないだろう。
 夏の太陽は高々と上がり、海岸沿いの駐車場に集まった名車達と車好き達とを、強く、強く照らしていた。


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