カプチーノ限定・超短編小説 02

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ビート・マニア


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 8月のとある週末の早朝。陽次郎は、峠の途中のパーキングエリアでひたすら待ち続けていた。目の前をフェアレディZやホンダ・インテグラ・タイプR等のチューンナップ車が、次々と通り過ぎて行く。彼は、そう言う車達はまったく眼中に無かった。彼がレカロ製のドライバーズシートに座している車は、幌を上げてオープンにした黄色のホンダ・ビート。そして待っている車は、宿敵スズキ・カプチーノ。この朝は、まだ一台のカプチーノも通過していない。
 陽次郎は、カプチーノがこの峠に来ると燃える。彼は、カプチーノの何かが気に入らない。気に入らない点、その1。まず、わざわざイタリアンFRミニスポーツをモチーフにしたようなエクステリア・デザイン。郷愁に満ちたデザインを、わざわざ現代になってやっているのが気に食わない。気に入らない点の2番目は、ターボに頼ったパワー。ターボに物を言わせれば、速いのは当たり前。芸が無く、下品でさえある。気に入らない点の極めつけは、あの3分割のデタッチャブル・トップ。耐久性の高いメタル・ルーフと言う考え方自体が、そもそも貧乏臭い。要は、陽次郎はカプチーノの何もかもが嫌いなのだ。それに引き換え、ビートの良さと言ったら!近未来的なエクステリア・デザイン。それに、軽自動車にミッドシップエンジン・レイアウトなんて、ホンダの意気込みを感じるではないか!ターボチャージャーではなく、自然吸気と言うのが気持ち良い。高回転まで回した時のフィーリングと、背後から聴こえてくるエグゾースト音。ターボ・チャージャーのパワーに頼らず、トータル・バランスでドライビング・テクニックを追求するのが、玄人っぽくて良いではないか。そして、やっぱり幌と言うのが風情があって良い。陽次郎は、ビートの何もかもが好きなのだ。
 彼のビートは、足回りとマフラーをいじくった程度のライトチューン。そのビートで、ターボパワーで速いと勘違いしているカプチーノを抜き去るのを、至上の楽しみとしていた。彼の高度なドライビングテクニックで、カプチーノを突っつき回るのだ。名車には、昔からライバルがいる。浮谷東次郎の駆るトヨタ・スポーツ800、対する生沢徹の駆るホンダS600の様に。
 陽次郎は待った。冷たい缶コーヒーは、とっくに飲み終えていた。カプチーノは、今朝は一台も現れないのだろうか。


 一郎は、友人の正人の実家から、赤いカプチーノをフル・オープン状態で運転して帰る途中だった。正人は、一郎と同級の大学三年生。堅実かつ真面目な一郎と違って、正人は大学生にして既に金遣いが荒かった。昨年中古のカプチーノを買ったばかりなのに、またまた今年新車でホンダS2000を買ってしまったのだ。なんとミーハーな奴だろう。しかしたかが学生の分際で、車2台のローンを支払い、かつその2台を維持できるほどバイト料が稼げるはずが無かったし、正人の親もそこまでは甘くなかった。そこで、正人が一郎に「カプチーノを買ってくれ!」と泣きついてきたのである。で、一郎が堅実に貯めてきたバイト料で、正人のカプチーノを買い取る事になったのである。30万円と言うのは、2万5千キロ程度しか走っていないカプチーノの中古価格としては破格に安かった。まあ、中古車のそのまた中古売買だから、友人価格としてはそんな物かもしれない。一郎は、実家の父親の車くらいしか運転した事はなかったし、車に詳しい訳ではなかったが、車の運転は決して嫌いではなかった。しかもオープン・スポーツカーのカプチーノが30万円と言うのはそれなりに魅力的で、一郎も快く買い取りを承諾したのだ。そして昨夜、正人の新車のS2000に同乗して、正人の実家に置いてあるこのカプチーノを取りに行ったのである。彼の実家で夕食を食べ、一夜を過ごし、まだ道が空いているこの早朝の時間に出てきたと言う訳だ。そろそろ、峠道に差しかかろうとしている。


 陽次郎は、腕時計をちらりと見た。時間が、刻々と過ぎていく。あと30分もすると、通行量が増えるだけでなく、ネズミ捕りも出るかもしれない。
 彼の陽次郎と言う名前は、ミスター・ルマンこと寺田陽次郎から取られたものだ。彼の父親が大の車好きで、特にマツダの車と寺田陽次郎の大ファンで、サバンナGTに始まり、歴代RX-7、そしてRX-8と乗り継いでいる。現在社会人2年目である息子の彼も、父親のRX-8は決して嫌いではなかったが、自分専用の車が欲しくてお金を貯めて、この中古のビートを買ったのだ。そしてこのビートが、彼には仕立ての服の様にピッタリとはまった。彼は、このビートを自分の手足のように操る瞬間が、たまらなく好きだった。
 時計の針が進んでいき、目前を大排気量のスポコンカー達が、一台、また一台と峠を降りて去っていく。
「今日は、ここまでかな…。」と、陽次郎は呟いた。


 一郎は、運転しているカプチーノが、変な音を立て始めているのに気が付いた。変な音は、二つの不況和音から成っていた。カタカタと地面に何かがぶつかる音。もう一つは、暴走族のバイクのような排気音。この二つが、奇妙に交じり合っていた。彼は路肩に車を止めて、カプチーノのタイヤハウスや側面、下部を覗いて見た。覗いてみて唖然…なんと、マフラーが途中で落ちかかっている。正人は、この中古の"どノーマル・カプチーノ"を実家の庭に雨ざらしで放置しておいたのだ。錆が、かなり進行していたらしい。これは、修理にお金がかかりそうだ。おまけに、タイヤも溝が相当無くなっている。正人は、金遣いが荒いだけでなく、神経の細やかさとは無縁の粗こつ者だった。手入れや保管等と言う細やかな事が、最も苦手な男である。哀れカプチーノ、あちこちがへたっている。30万円と言う価格は安かったが、これでは修繕費にいくらかかるか分かったものではない。正人の実家は既に遥か後方だし、何とか自分のアパートまでは騙し騙しもたそう…そう思って、一郎はカプチーノを再び発信させ、峠道に入った。


 あと5分して、カプチーノが来なかったら、陽次郎も家に帰ろうと思っていた。すると、峠の奥の方から物凄い爆音が聞こえてきた。しかし、その爆音が大排気量車のものでは無いことは明らかだったが、一方でその爆音は、明らかに"合法でない"マフラーからの排気音なのも明らかだった。やがて、その車両が姿を現した。陽次郎が待ち続けていた"ザ・カプチーノ"である。彼は、戦闘準備を整えた。
 パーキング・エリアのビートの前を通り過ぎるカプチーノの後部から、レースカーの様に、派手に火花が散っていた。車高を下げすぎて、ボディが路面を擦っているのだろうか?マフラーの爆音も凄い。バリバリの走り屋仕様のカプチーノに違いない。陽次郎の闘争心に火がつき、彼はビートを発進させた。

 一郎はあせっていた。マフラーの破損が、ますます酷くなっている。マフラーは地面に思いっきり当たっているし、排気音はますます酷くなっている。ブレーキのディスクパッドが損耗しているせいだろうか、峠道の下り坂では、本来しっかり効くはずのディスク・ブレーキの効きが非常に悪く、コーナー入り口で何度も冷や冷やさせられた。タイヤがへたっているせいもあるが、突然後輪がずるっと大きく滑った。生まれて初めての、冷や汗もののドリフトだった。ブレーキの効きが悪く、タイヤも滑り、マフラーも落ちかかっている。一郎は、一人呟いた。
「ま~さ~と~!」
30万円と言う破格値を考慮しても、さすがに「いくらなんでもこれは酷すぎる」と思った。温厚な一郎だったが、今度会ったら正人にしっかり文句を言ってやろうと心に誓った。

 カプチーノの後ろに迫った陽次郎は、わくわくしていた。本気モードのカプチーノと、久しぶりに対決できるのだ。前を行くカプチーノは、コーナー進入でギリギリまでブレーキを我慢しているかのようだった。ブーレキング後は変な挙動をしていたが、なかなかのテクニックを持ったドライバーに違いない。Rのきついコーナーでは、後輪を奇妙にドリフトさせてもいた。陽次郎は、わくわくした。
「なかなかやるな。」

 一郎は、後ろに一台の黄色い車…カプチーノと同様、オープンカーのようだ…が迫っているのに気が付いていた。きっと一郎の運転するカプチーノがあまりに遅いので、頭に来ているのに違いない。路肩に避けたかったが、避けられるような路肩の幅は無かった。彼は、スピードを少し上げようと思ってアクセルを踏んだ。ところがターボの効きがあまりに良く、とんでもない加速になってしまった。彼は恐怖のあまり、次のコーナー入り口で効きの悪くなっているブレーキを、思いきり踏んでしまった。後ろの車も、フルブレーキングしているようだった。
「ああ、こんなにトロトロしていたら怒られちゃう」と言う思いが一郎の脳裏を走り、彼は再びカプチーノのアクセルを踏んで加速した。

 陽次郎は、フルブレーキング中に「やられた!」と思った。自然吸気のビートのエンジンは、一度下まで回転数を落としてしまうとカプチーノのターボエンジンのような急激な加速が難しかった。2速で回転数を上げて3速につないだが、コーナー出口で一気に前を行くカプチーノに加速で差をつけられた。えげつない方法ではあったが、ビートをぶっちぎるには確実な方法だった。もう峠道の出口は、目前だ。陽次郎は、もう抜けないと悟った。
「なかなかやるなぁ、あのカプチーノ。今回は、俺の負けだな。」

 一郎は、峠道を脱出してホッとした。久しぶりの運転、慣れない峠道の運転、しかも壊れかけた車の運転だったので、一般道に戻ったときは心からホッとした。事故らなかっただけでも、ラッキーだったかもしれない。「後ろの車に、迷惑かけちゃったろうなぁ…。怒ってるかなぁ…」。すると、後方の黄色のオープンカーが交差点で一郎のカプチーノの隣りに並び、ニコッと笑って親指を立てている。一郎は、ペコリと頭を下げた。ああ、あのドライバー、怒っていないようだ。心の広いドライバーで良かった。オープンカーに乗る人って、やっぱり心に余裕がある人なんだなぁ。へぇ、あの黄色い車、カプチーノと同じ軽自動車のオープンカーなんだ…家に着いたら何て言う車か調べてみよう。そして今度この峠に来る時は、カプチーノをしっかり直してきて、迷惑をかけないようにちゃんと走ろう…一郎は、そう決心した。
 交差点の信号が青に変わると、ビートは右折していき、一郎のカプチーノはそのまま直進した。道路の交通量は増え始め、峠から走り屋達が姿を消し、夏の太陽が高々と昇った。


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