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第一章 クロディウス、ローマ軍に入隊する

 ローマ市民の青年が、大きな背嚢を背負ってローマ軍の新兵訓練所にやってきました。この背嚢に詰まった衣服などの荷物だけが、今の彼の唯一の財産でした。青年は大きな呼吸を一回すると、訓練所の木製の扉をゆっくりと開き、敷地内にその一歩を踏み入れました。
 青年の家は貧しく、熟慮の末にローマ軍団兵に志願したのです。軍団兵になれば、ローマ帝国から給料をもらえます。それだけでなく、貧しい家の出自の者がローマ帝国において立身出世をするには、ローマ軍団に入るのがほぼ唯一の道と言っても過言ではなかったからです。青年は背が高い割には、痩せっぽちです。兄弟の多い彼の家庭では、栄養を十分に取ることも難しかったのです。青年には、弟が3人、妹が2人います。長男である青年は、自分の立身出世のためだけでなく、食い扶持を減らすため…つまり弟や妹のためにも家を出る決意をしたのです。今ではこの若い青年の名は知られていません。ロンギヌスと言う名前だったと言う文献もありますが、定かではありません。"名無しさん"では物語が進められないので、ここでは仮に彼の名前を”クロディウス”と呼ぶことにしましょう。

 青年クロディウスは、軍団に入った仲間と共に、数か月に渡って厳しい訓練を受けました。戦闘の訓練において、実戦で使う剣や盾よりも重い木剣や枝編みの盾などの武器や防具を駆使するうちに、みるみる太い腕になっていきます。行軍の訓練においては、完全装備の背嚢を背負い重装備の武器を携行して何十キロも行進し、太い脚とスタミナが形成されていきます。剣、楯、投げ槍、投石器、投擲器など、各種兵器の訓練も施されます。日々続く過酷な訓練は、貧弱にさえ見えた若者たちを立派な兵士へと育てていきます。これらの訓練は、軍務についている間は将来もずっと行われるのです。
 訓練は辛く厳しいものでしたが、食事は日に二回、十分に食べることができました。貧しい家で育ったクロディウスには、それが何よりも嬉しいことでした。しかも、訓練の他にも様々な教育を無料で受けられるのです。軍団の職務で必要な読み書きから、高度な土木建築の技術に至るまで幅広い知識と経験を得る事ができるのです。医療施設も整っています。これらは貧しい市民生活では、得られないものばかりでした。そして、軍団に入れば給与ももらえるのです。

若き日のクロディウス 若き日のクロディウス/イメージ by JOLLYBOY

 新兵の訓練を終える頃には、彼はどんな困難にも立ち向かえる強靭な兵士になっていました。新兵訓練所を出ると、彼は百人隊長セレヌスの百人隊に配属されました。百人隊と言いますが、実際の兵士の数は80人です。共和制ローマ時代は百人隊は60人編成でしたが、帝政ローマになり80人編成へと変更されました。
 クロディウスは、8人ずつに分けられたテント組の一員に加えられました。何故"テント組"と言う名称かと言うと、要塞内では建物で過ごしますが、遠方への遠征での陣地では8人一組のテントで過ごすからです。同じテント組の先輩兵士のユリウスは、クロディウスに軍団内での生活の方法やしきたりについて細かく教えてくれました。他の百人隊のテント組の先輩兵の中には、弱い立場の新米兵士に金品をたかったり、それが断られると訓練や食事の時に悪質ないじめをする者たちもいました。しかしユリウスは高潔な兵士で、後輩には決してそんな事はしませんでした。隊長のセレヌスも勇敢かつ公平な隊長で、クロディウスはユリウスとセレヌスの二人を目標としました。彼は仲間と共に、規則正しくそして厳しい日々の任務と訓練をこなしていきました。

 ある日、セレヌス百人隊が属する歩兵隊が、ローマ辺境の地で跋扈する山賊の退治に向かうことになりました。山賊と言ってもその数は多く、また軍隊のように戦いに慣れた百戦錬磨の強盗集団です。
 クロディウスにとっては初めての実戦です。ローマ軍団と山賊の戦いは、たいへん厳しいものになると予想されました。通常の大平原での大軍団間の戦闘では、10個歩兵隊ほどで構成された1個軍団(レギオー)ないし2個軍団で隊列を組んで戦いに臨みますが、狭い山間の地域での戦闘はまったく別の戦闘方法が用いられます。大軍団としての機能よりも、百人隊のグループごとの資質と経験・実力が重要になってきます。歩兵隊は百人隊ごとに山賊鎮圧の任務を与えられ、更にテント組の8人小隊ごとのグループ単位で山賊掃討の任務に当たりました。
 武力や兵士の頭数では、圧倒的にローマ軍団が有利であっても、山間部では山賊の方に地の利があります。山賊の待ち伏せ攻撃やローマ軍団の敵地山間部での戦いの不慣れにより、この戦いはたいへん厳しいものとなりました。激しい戦闘の末、戦いは辛くもローマ軍団が勝利を収めましたが、この戦いでクロディウスは初めて仲間を失いました。
 戦死した仲間は、新兵クロディウスの面倒をよく見てくれていたテント組の先輩ユリウスです。クロディウスはローマ軍の勝利を喜ぶよりも、ユリウスの死をたいへん悲しく思いました。彼は、ユリウスの死を胸にしっかりと刻みました。


※注:聖書に登場する百人隊長の出自は全く明らかではありませんが、資料に基づき一般的なローマ兵入団の経緯をベースにこの章を描きました。
※注2:百人隊と言いますが、帝政ローマ時代の百人隊の編成は80名です。ちなみに共和政ローマ時代は60名で、部隊編成も帝政ローマ軍団とは種々異なります。

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