フォード・T型

(2007年2月18日記載)

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 さて、このコーナーも今回で、75回目を迎えました。75回を記念して取り上げる車を何にしようかと考えていたのですが、20世紀を代表する自動車である"フォードT型"を取り上げることにしました。T型は初めて大量生産された車であり、「世の中に車輪を付けた」と言われるほど自動車の歴史において重要な意味を持つ車です!!

フォードT型(河口湖自動車博物館にて)

 フォードT型を取り上げるにあたり、せっかくなのでフォード社の歴史についても軽く述べたいと思う。
 フォード社の歴史は、一人の人物"ヘンリー・フォード"から始まる。彼は、1863年7月30日、アメリカ・ミシガン州の小さな町ディアボーンの小麦農家で生まれた。小学校での成績は芳しくなかったが、数学は良く出来て、科学実験が好きだったと言う。16歳になったヘンリーは、デトロイトに出て、エジソン電気会社に職を得る。彼は仕事が終わると、間借りした倉庫で友人と共に自動車研究に没頭していた。そして、1896年6月4日、独自に開発した自動車一号・・・2速トランスミッション、最高速度32km/h、車重227kg・・・が完成した。ただし、タイヤやシートは自転車からの流用で、ブレーキは無く、バックもできなかった。この夜、ヘンリーはこの一号車でデトロイトの大通りを走って、多くの通行人の注目を集めた。自動車はまだまだ一般的な物ではなかったが、この一号車の完成はヘンリー・フォードに自信を与えた。
 一号車が完成して一ヵ月後、彼はニューヨークへ出張してトーマス・エジソンと初めて顔を合わせる。エジソンはバッテリー動力の車を研究していたが、内燃機関の車にも興味を示して、ヘンリーを励ました。これ以来、2人は交流を持つようになった。ヘンリー・フォードは更なる野望をもって、完璧な自動車の開発を目指した。第一号車を売って得た200ドルで、2台目の開発を始めた。"小型で価格も抑えた大衆も買える車"を造る夢を持っていた。同時に、自動車産業がアメリカの大きな産業に発展する事を信じていた。
 こうして1898年、ヘンリー・フォードの第2号車が完成した。泥除けや、ヘッドライトも付いていた。これを目にしたデトロイトの実業家達は、15,000ドルを出資して会社を設立するようヘンリーを説得、ヘンリー自身もエジソン電気会社を退職して、デトロイト・オートモービル・カンパニーで働き始めた。しかし、彼自身は商品製造の経験が無く、各種トラブルが発生して株主との間に亀裂が生じ、やむなく会社を辞めた。ヘンリー・フォードの挫折だった。
 その後、ヘンリーは、レーシングカーの研究開発へと以降。自らもレーシングドライバーとして活躍した。多くのレースで素晴らしい成績をおさめ、デトロイト市民からは国民的英雄として敬意を表された。これらの栄光は、事業の転機となった。1901年11月30日、実業家マーフィーと共に新会社ヘンリー・フォード・カンパニーを設立した。しかし、マーフィーは何の利益にもならないレースへの興味が薄れ、"デラックス・セダンの父"と称されたヘンリー・リーランドを招聘し、高級車市場への進出をはかった。ヘンリー・フォードはこれを不服として、1902年3月に同社を去った(同社は、後にキャデラック・オートモービル・カンパニーとして再生している)。ヘンリー・フォード、2度目の事業失敗だった。

 1902年11月、友人の資本家マルコムソンと共に、フォード&マルコムソンと言う会社を設立。2度の失敗からの教訓で、ヘンリー・フォードは次はどんな事があっても"大衆向け自動車"を生産する決意を固めた。新会社では、経験に富んだ工員を雇い、ヘンリー自身は設計を監督する立場に就いた。1903年6月、同社はフォード・モーター・カンパニーとして再編され、1ヵ月後にフォード社の一号車"A型"が誕生した。

フォードT型(石川県・日本自動車博物館にて)

 フォードA型。エンジンは1,645cc、出力は8ps、最高速度は48km/hの2シーターの小型自動車。価格は850ドルで、ライバルのキャデラックよりも100ドル安かった。生産プロセスで、コストを大幅に削減した結果だった。A型は、9ヶ月で670台も売り上げた。1904年には、AC型(A型の改良版)、C型が登場。C型は、よりパワーのある1,975ccのエンジンが詰まれ、モダンなボディスタイルをまとっていた。次に登場したB型は、改良されたまったくの別タイプだった。B型は大型車両で、4,646ccのエンジンを積み、出力は24ps、最高速度は64km/hに達した。このB型は2,000ドルと言う高価なものだったため、ヘンリーが主張している"安い大衆車製造"の理念に反していたため、共同経営者のマルコムソンとの折合いは悪化していった。
 1906年には、フォードの日産台数は100台にもなっていた。新しいモデルも、次々に登場していった。500ドルで買えるN型もあったが、一方で2,500ドルもするK型と言う高価なタイプあった。この時点で、ヘンリー・フォードはマルコムソンと遂に決裂した。彼からすべての株を買い上げて、"大衆車製造"を成し遂げる決意で経営に乗り出した。1907年N型が予想以上に売れたので、生産ラインのほとんどでこれを製造した。年間の売り上げ台数は、8,243台に達し、売上額は470万ドルを記録した。その後、N型の改良版として、R型とS型が登場した。
 A型からS型まで生産してきたフォードだったが、未だ理想の"安価な大衆車"を成し遂げるには至っていないと認識していた。フォードは、S型登場後もT型のプロジェクトに密かに従事していた。アメリカ人の75%が郊外に住んでいたので、"安い車が彼らの交通手段になれば"と考えていた。そして、その潜在的なマーケットは、たいへん大きいとも判断していた。

フォードT型達(石川県・日本自動車博物館にて)

 さて、ここからが本題。フォードT型のお話しです。

 1908年10月1日、フォードT型は一大広告を打って登場した。2,896ccの4気筒エンジンの最高出力は22ps、最高速度は72km/hに達した。S型までと違い、ボディの両側にドアも付けられた。2段トランスミッションをボディに内蔵し、ヨーロッパ車のような右ハンドルではなく画期的な左ハンドルを採用した。ヘッドライトの耐久性と光度も向上した。燃費も格段に向上し、この車を交通手段とする労働者の経費節減に貢献した。運転も簡易だった。ハンドル下の長いスティックを引けば加速、3つのペダルの左を踏めば前進、真中のペダルはバック、右のペダルはブレーキ、と非常に分かりやすかった。手動ブレーキとイグニッションも装備されていた。シャシーは極めてシンプルかつ軽量で、バナジウム鋼製のフレームは実に頑丈だった。T型フォードは、2,500ドルもする高価なK型にも劣らない車に仕上がっていた。驚くべきは、T型の性能に対するその価格だった。2シーターのランナバウトが825ドル、5シーターのツーリングカーが850ドル、2シーターのクーペが950ドル、7シーターのランドレットが950ドル、7シーターのタウンカーが1,000ドル。
 それまで、4気筒の4人乗り自動車を、1,000ドル以下で作ろうと思った者はいなかった。正に自他共に認める"安価な大衆車"の出現だった。T型は、2ヵ月後には品切れになった。1909年の年間生産台数は、19,050台と言う新記録をマーク。特に、ツーリングカーとタウンカーは大人気。一方で、従業員と生産ラインには、過大な負荷がかかっていた。
 1914年、フォード・モーター・カンパニーは、デトロイトの郊外のハイランド・パークに移転した。広い新工場には、大型で先進的な機械を導入した。ヘンリー・フォードが望んでいた"ライン生産"が可能になった。T型フォード1台製造するのに7,822項目の工程が必要だが、工程を分類して、それぞれの工程に適した人材を配備した。このライン生産導入により、ミスも少なくなり、生産台数は大幅にアップし、コストは大幅に削減された。
 1923年には過去最高の年間生産台数、181万7,891台を記録した。販売価格は、なんと当初の850ドルから260ドルにまで下げられた。この年、遂に200万台目も出荷された。ヘンリー・フォードは、フォードT型により名実共に「安価な大衆車」を達成した。


フォードT型バス(河口湖自動車博物館にて)

 1927年5月、後継の新型モデルが発表されて、T型の生産中止が発表された。ライバルメーカーが消費者のニーズに応える新しいモデルを次々と登場させたので、フォードはT型を引退させることにしたのである。19年間の総生産台数は、15,007,033台に達した。この記録は、1972年2月にワーゲン・ビートルに塗り替えられるまで、約45年間もの長期間、破られる事のなかった偉大な記録である。正に世紀を代表する車だった。
 「ティン・リジー(※ポンコツ車)」と敬愛を込めて呼ばれたT型の生産中止にショックを受け、普通のクラッチ操作を覚えることから逃れるため、買える限りのT型を買い込んだ熱狂的なファンもいたと言う。こうして伝説と歴史を作ったフォードT型は。その栄光に幕を閉じた。
 正直、日本人の私達には、一世紀近く前のフォードT型には思い入れはないが、アメリカの高齢者にとっては強い思いがあるのかもしれない。T型フォードは、アメリカの歴史であり、偉大な伝説である。それは、僕ら日本人にとっての初めての"安価な大衆車"(と言っても良いと思う)スバル360に対する郷愁と似たものなのかもしれないと思ったりもするのだった。


2016年11月16日追記:江戸東京博物館にて、円タクを再現したフォードT型4ドアを見ました。















マイコレクションより"フォードT型"


参考・引用文献
カー・コレクション フォード・モデルT  (デル・プラド)
石川県・日本自動車博物館・展示説明プレート
山梨県・河口湖自動車博物館・展示説明プレート


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