フジキャビン・スクーター
(2006年9月24日記載)
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軽自動車黎明期の車の紹介、フライング・フェザーに続く第二弾は、フジキャビンスクーター。
この車の登場は、1956年。ただし4輪ではなく、二人乗りの3輪車である。以前紹介したフライング・フェザーの設計者である富谷龍一氏が、富士自動車に移籍してから手がけた車である。
富士自動車は、東京瓦斯電気工業を買収し、同社が生産していた2ストロークエンジンを受け継ぎ、2輪車のエンジン供給及び2輪車の自社生産をしていた。その後、市場の需要が軽3輪に移る時、フジキャビン・スクーターは、全天候型3輪軽自動車として開発された。通常の3輪車が、前1輪・後2輪だったのに対し、前2輪・後1輪としたのは、富谷氏が研究していたドイツの設計思想を受け継いだものである。
フジキャビン・スクーター(石川県・日本自動車博物館にて)
ボディには、FRPのフルモノコックボディが被せられた。今でこそFRP車と言うのは色んな車に見受けられるが、FRPを車に流用すると言う事自体、当時未知であったが、鉄板ボディに比べて軽いと言う点で採用された。つまり、国産車初のFRPボディ車がフジ・キャビンだった。その重量たるや、なんと僅か150kg(!)であった(※日本自動車博物館の表示データでは130kgとなっている)。現代の大型バイクよりも軽い。全長は、2,900mm(全幅1,250mm×全高1,270mm)。エンジンは、2輪用の125cc空冷2ストローク単気筒エンジンを搭載し(※駆動は後輪1輪)、最高出力は4.75ps。最高速度は60km/hに達した。走行感は、グライダーを操縦している気分だったとか。
この車、1955年の第2回全日本自動車ショウ(※東京モーターショーの前身。1957年の第4回モーターショーにも出品された)に、"メトロ125"と言う名で出品。好評だった事から、1955年に"フジ・キャビン"として23万5千円で市販された。
上から見たフジキャビン(石川県・日本自動車博物館にて)
しかし、この前衛的な、SFか漫画のようなデザインは、一度見たら忘れられない。"水のタンク"か"潜水艦"のようなエクステリア。後部から見ると、エンジン冷却用のスリットが天使の羽のように見えて、これもなかなか可愛い。強度確保のため、当初はドアは左側一枚だけだったが、後期型では、両側にドアが付くようになった。ハンドルは、一本スポークの下が丸くない形をしていた。
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しかし、このフジキャビン、発売された物のFRP製作技術がこれに伴わず、1956~57年に僅か85台が製作されるに留まった。FRPボディは、積層工法が完全な職人による手作りのため、生産効率が上がらなかったのだ。時代の先端で道を切り拓く者と言うのは、いつの世もたいへんな苦労が伴うむものである。
しかし、この頃の軽自動車達は、どれも超個性的だ。フライング・フェザーと言い、このフジキャビン・スクーターと言い、現代風の解釈、現代の技術で、試作車でも良いからよみがえらせてほしいなぁ。
参考・引用文献
pen (TBSブリタニカ)
かわいいクルマで遊びたい (二見書房)
スバル・ホームページ/カー・ヒストリー
日本自動車博物館説明プレート
他
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