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JOLLYBOYの脳内討論 01 討論とは何か?

(2011年 5月22日記載)

司会サンケル:「ども、脳内討論の司会のサンケル・マイデルです。このコーナーは、JOLLYBOYの様々な考え方の交通整理のための脳内討論です。それぞれの立場から、色んな論議を尽くしてほしいと思います」。

脳の前方真ん中の人:「すみません、脳内討論って…設定にすごく無理があると思うんですけど…」。

サンケル:「言い忘れましたが、無用に長い討論を避けるため発言は一人3回までとします。真ん中の君、今の発言は一回に数えておきますよ」。

(全員静まる)。

サンケル:「なお論議を進めるにあたって、思い込み発言や捏造データによる発言は却下します。コメント量の増大を防ぐためにデータの出典元は示さなくてけっこうですが、いつでも出典元を示せるデータを極力使用するようにしてください」。

サンケル:「さて、今回から色々なテーマを取り上げていく予定です。経済問題、政治の問題、原発や科学技術の問題、死刑の問題、教育の問題…色んな問題が社会には山積しておりますが、これらはおいおい取り上げていくとして、今回のテーマは"討論について"です。我々が討論する時、何に気をつけなければならないのか、問題となる点は何なのか…などについて意見を聞きたいと思います。はい、手を上げている左に座っている君、どうぞ発言してください」。

脳の左側の人「あの、"討論"とはお互いの"議論"を戦わせることです。"議論"とは、筋道を立てて意見を述べることだと思います」。

脳の右側の人「左の君、随分と表現が固いね!もっと分かりやすく言えないの?」

サンケル:「発言は手を上げてからするように、右側の君。どうぞ、続けて」。

脳の右側の人:「すみません、教授…。左に座っている彼は"筋道を立てて意見を述べる"と言いましたが、討論の相手が原理主義的な思想の持ち主だったら、単にお互いの意見をぶつけ合うだけで討論に何の進展も起こらないと思います。同じプラスチックのコップを見ても、真横から見れば長方形に見えるし、真下から見れば円形だし、この見ている位置が違う二人がいくら意見を闘わせても意見は一致しないと思います。見る位置を変えない限り、お互いの意見は反目したままになると思います。お互いが、自分の見方が絶対だと思っているから…社会や人生に対する見方も同様でしょ?"人の選択"によって人生は変わると考える人もいれば、人生には"神の計画"があると考える人もいるし、その"両方"が人生で起こっていると考える人もいますよね」。

サンケル:「自己の価値観の問題だね。この意見に誰か反論は?はい、真ん中の君、どうぞ」。

脳の前方真ん中の人:「価値観は、置かれた状況によって変わっていく可能性があると思います。小さい頃に犬にかまれた人は、その後もずっと犬が怖くて、犬は恐ろしい動物だと思い続けるかもしれませんが、もし人生のどこかで人懐っこい犬に出会えば、価値観が転換して犬が大好きになるかもしれません」。

サンケル:「なるほど、興味深い意見だ。これについて他に意見は?はい、右の君」。

脳の右側の人:「それは論理のすり替えです。多くの場合、原理主義者は自分の事を原理主義者などとは思っていないし、他の考え方に転換する余地を自己の中に残していません。自己の掲げる主義主張に殉ずる覚悟さえあります。つまり、発展的な討論は初めから無理で、自分は一歩も引かずに相手の考え方を徹底的に"こき下ろす"事しか考えていません。つまりそれは思想上の戦争です」。

(左側の人が手を挙げたのでサンケルが指す)。

脳の左側の人:「右側の君だって、随分と表現が固いじゃないか…あっ、すみません教授、話しが脱線しました。僕は、そうとは言い切れないと思いますよ。相手が原理主義的思考の持ち主でも、論理的に正しい意見を筋道立てて話せば少しずつ、お互いの妥協点を見つけられるのじやないかな?例えば政治なんかがそうですよね。市民の意見が完全に一致することはほぼあり得ないわけです、みんなを満足させられる法律は作れない。だから政治家は各々思想や立場が異なっていても、議会の討論でその妥協点を見つけねばならないわけです」。

(サンケルが右側の人を指す)。

脳の右側の人:「それは、どうなのかな?討論の本質的な目的って、妥協点を見つけることなの?真理に到達するためじゃなくて?例えば、ある歴史上の事件で多大な被害者が出たとする。ある歴史学者はAと言う資料を基にして"被害者数は500人だった"と発表して、Bと言う学者はBと言う資料を基に"被害者は1,000人だった"と発表する。でも、お互いが妥協して"中間点で妥協して被害者数は750人と言うことにしましょう"とはならないはずです。何故なら歴史の"事実"はたった一つだからで、確定した一つの数字しかないからであり、妥協で決定するようなものではありません」。

サンケル:「これも面白い意見だね。この事について他の意見は?はい、左の君」。

脳の左側の人:「右側の人の意見は、"事実"と"真理"がごちゃまぜになっていると思います。例えば、ある男が死体のそばにナイフを持って血まみれで座っていたからと言って、彼が殺人者とは限りません。死体の横に血まみれで座っていたのは"事実"ですが、彼はたまたま通りかかって救命措置を施していたのかもしれません。裁判で彼が殺人罪で有罪になったとしても、"真実"は別にあるかもしれないのです。この真実を見い出すために、様々な現実にある事実を議論で積み重ねるのが"討論"ではないでしょうか?」

(サンケルが真ん中の人を指す)。

脳の前方真ん中の人:「"真理とは何か"については、過去の偉大な哲学者たちも答えを出せなかった壮大な問題だよね?さっき、右側の人がコップの例を出したけれど、真横から見ただけでも、真下から見ただけでも、コップの本質は分からない。色んな位置から多角的に見て、初めて穴が開いていて液体の入れられる器、つまり"コップ"だと分かると思うんだ。お互いに立場や意見の違う人間が集まって、色んな方向から議論を戦わせて、より高い次元に達しようとする…正論っぽくなっちゃうけれど、討論ってそう言うことじゃないかな?」

サンケル:「色々な意見をありがとう。みんな3回ずつは発言したね?まだ言い足りない事は山ほどあるかもしれないけれど、討論にはこう言った様々な問題が内在していると言うことをお互い自覚して、今後の討論を進めていきましょう。では、また次回!」

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主な参考・引用文献:国語辞典(三省堂)、哲学の饗宴(荻野弘之著/NHKライブラリー出版)、原理主義とは何か(小川忠著/講談社)、社会科学の方法(大塚久雄著/岩波新書)、職業としての学問(ウェーバー著/岩波文庫)、悩む力(姜尚中著/集英社新書)、バカの壁(養老孟司著/新潮新書)、映画「フォレスト・ガンプ」、映画「グリーン・マイル」、他