美術史とCGの歴史の比較

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7.印象派絵画から時代背景を読み解く (2009年9月20日記載)

 さて、やっと印象派について語るページまで辿り着いた~。何故"やっと"等と言ったかと言うと、日本人が「印象派絵画」を大好きだからである。もう十数年以上前の話だが、「炎の画家ゴッホ展」のテレビCMのCGを作った事がある。ゴッホが自らしゃべって宣伝すると言うCGである。その時に聞いた話なのだが、印象派の絵画展はまず"こける"事は無いそうである。実際、印象派絵画展はいつも"満員御礼"状態である。それほどまでに日本人は、印象派絵画を好きなのである。
 昔、知人に「へえ、印象派が好きなの。で、印象派絵画では誰が好きなの?」と問われた事がある。僕は「特段、誰と言うのは無いなぁ~。印象派の雰囲気が好き」と応えた事がある。僕の印象派絵画に対する対応も、印象派的にボヤッとしている(笑)。

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 さて、ルネッサンス絵画からいきなり印象派絵画に飛ぶのは無理があるので、その間の歴史に軽く触れる事にする。フランスの18世紀末から19世紀半ばにかけての美術史区分は、新古典主義、ロマン主義、写実主義となる。時代は繰り返すと言うか、「やっぱりギリシャと古代ローマの古典古代の美術を規範にしよう」と言う、新古典主義が起る。これは、18世紀前半のポンペイの遺跡の発見等も影響している。また、享楽的なロココ美術への批判もあった。この古代志向に、思想家や哲学者達が理論的支えを与えた。
 ナポレオンが古代ローマ皇帝を気取っていたため、ローマ美術の模倣が各分野で起った。またナポレオンは、絵画をプロパガンダのメディアと考えていたので、戦勝や儀式の絵、肖像画が大量に注文された。ジャック=ルイ・ダヴィッドは、新古典主義の頂点とされる数点の絵画を制作した。ダヴィッドの弟子のグロとアングルも活躍する。
 このブルジョア的で欺瞞的な平和に反感を抱いた若い芸術家達は、社会的矛盾を糾弾するリアルな美術、かつ古典古代のみが最良とせず各国の歴史と風土に根ざしたロマン主義美術を発展させることになった。ジェリコーは、政府の責任によるメデューズ号の難破事件をテーマにして大作を描き上げた。一方で、ドラクロワはロマン主義の完成者となった。同世代のドラローシュは、ロマン主義的なテーマを新古典主義様式で描いて活躍する。19世紀前半には、バルビゾン派の画家達は、森などのありふれた風景を描いた。中でもコローは、光の画家と呼ばれるように光の表現に優れていた。これらの風景画は、ロマン主義的な自然愛好から出発し、写実主義への道を拓いていく。
 ブルジョア支配に対する不満は、画家達の目を社会に向けさせた。支配者の戯画や、農民や労働者の写実的な姿が描かれるようになっていく。この写実主義は、文学とも連動していた。フランソワ・ミレーやクールベ、ドーミエらの画家が、相次いで登場。ドーミエは風刺画を、ミレーは労働する農民の姿を、クールベは労働者や農民を描く事からスタートした。
 18世紀後半のイギリスでは、ベンジャミン・ウェストが新古典主義な物語画を制作していた。ロイヤル・アカデミーも設立され、ロンドンはローマやパリと並んで、新古典美術の中心地となった。ターナーは、特定の場所の水彩画から出発し、油彩や素描も含め数多くのあらゆる種類の風景画を残した。フランスのダヴィッドと同時期、スペインではゴヤが活躍していたが、人間の愚かさや、戦争や侵略を憎悪した特異な作品を残した。

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 さて、いよいよ19世紀の後半へと話は移っていく。この時期には産業革命と資本主義の影響が、人々の生活にはっきり現れてきた。科学技術は飛躍的に進歩し、都市の人口は膨れ上がり、社会全体が大きな変動に見舞われた。当然の帰結として、西洋の美術も根本的に大きく変化した。特に建築は、鉄やコンクリート、鉄筋コンクリート、ガラスなどの新たな建築材料と、それに伴う新たな建築技術の登場により、画期的な建造物や高層建築物などが生み出されていった。また、パリやウィーンなどの大都市改造があったことも忘れてはならない。これらは後の文化に大きな影響を与えた。
 19世紀後半の公共建築物の増加に従い、彫刻の分野でも公共記念物が数多く制作された。ニューヨーク港の入口に立つ自由の女神も、この頃に作られた。19世紀の彫刻は、特にオーギュスト・ロダンによって近代彫刻への一歩が印された。彼は、等身大の人間ドラマを造形化した。また、ドーミエやゴーギャンなどの画家による優れた彫刻もある。
 絵画については、ドラクロワやアングルと言った巨匠が没し、「歴史画」の伝統は衰退していった。先に見たように、写実的、現実的な絵画のの流れの中で、マネやドガと言った後に"印象派"と呼ばれる画家達が登場する。写実主義の流れに立ちながら、都市改造後の新しい都会人の姿を絵画に留めた。マネは、古典的な伝統を近代絵画へとつないだ。ドガは、写真から日本の浮世絵版画まで幅広い関心を持っていた(事実、日本の芸術はジャポニスムと言われるように、19世紀後半の西洋美術に大きな影響を与えた)。

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 印象派絵画は、第5章でも少し触れたように、"印象"と言う作品を前にして「確かに印象しか残らない」と、ジャーナリストが揶揄した呼び名である。最初のその絵画展にはには、モネ、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ピサロ、シスレーらが名を連ねた。新古典主義に凝り固まったままの美術アカデミーに不満を抱いた彼らの絵画表現は、バルビゾン派を初めとする自然主義の延長上にあり、自然観察や戸外での制作の価値を重んじた。彼らは、主に都市生活者のまなざしを風景画に持ち込み、パリの街並みや鉄道も描いた。こうした絵画の対象の主題だけでなく、色彩や構図と言った技法でも、彼らは革新をもたらした。"筆触分割"や"視覚混合"と言った手法、日本の浮世絵や写真を参考にした大胆な構図など。

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 印象派の画家達は、印象派内の意見の違いなどからグループでの展覧会を辞める。次第に美術界全体は、アナーキーになっていく。こうした中で、印象派を母体とし、かつ批判しながら新しい道が模索され始める。セザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ゴッホらである…彼らは、後期印象派と呼ばれる事もある。特に、年長のセザンヌは、最初期の印象派から関わっているが、印象主義の形態感覚の欠如を嫌い、古典的な作品のような絵画を目指し、彼独自の製作法を作り出した。彼の作品は、後のナビ派やキュビズムの絵画の特徴を内包するものだった。

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 スーラも、印象主義からスタートしたが、そこにルネッサンス絵画のような古典的秩序を与えようとした。ゴーギャンもまた、印象主義の感覚主義的な現実描写に対して反対し、独特の想像力の生み出す抽象的な雰囲気を持つ様式の技法を確立した。オランダ出身のゴッホは、様々な職業を得た後、絵画の道を選んだ。初期は農民達の素朴な生活を描いていたが、パリで印象主義を知って、視覚と技法を一変させた。彼はその短い生涯で多数の作品を残し、現代絵画の先駆者となった。ただし生涯で売れた作品は一点のみで、絶望と狂気のうちに生涯を終えた。彼は後期印象派の括りでも語られるが、表現主義の先駆者にも数えられる。ノルウェーのムンクらも、ゴッホと並んで20世紀の表現主義の出発点とされる。

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 さて、19世紀後半は、どうしても印象派に目がいってしまうが、もう一つ重要な流れに"象徴主義"がある。科学と機械万能の実利的な時代に嫌悪した芸術達は、内的な思考や精神性の状態などを表現しようとした。ロセッティやジョン・エヴァレット・ミレイらのイギリスのラファエル前派も、象徴主義に数えられる。

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 さて、19世紀の美術の変遷を駆け足で見てきたが、18世紀以前の美術とそれ以降の美術では、根本的な相違がある。それは主に、科学の進歩であり、それに伴う産業革命、そして資本主義社会の到来である。蒸気機関の発明による産業の効率化は人間を生産の道具へと追いやり、近代化された都市には人間が溢れ、それら様々な近代化は社会での人間の疎外感を強めた。そのような中では、芸術も従来の通りである事はできなかった。ミレーらの描く理想化された田園都市に郷愁の念を抱いていた都会人も、やがては近代化された大都市に生きる事を自ら受け入れねばならないのである。都会に生きる人々を描く事を喜びとする画家達が現れるのは、時代の必然だったと言えるだろう。
 写真の発明も、絵画に影響を与えた。現実をリアルに写し取るカメラの発展。写実的な絵画にもその存在価値や良さがあるが、現実を短時間に切り取る写真の"効率"にはとうてい適わない。芸術家達が自然や現実を模倣する写実から、より人間の感覚を重視した絵画へと進んでいくのも、やはり必然であったのかもしれないと思う。

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 映画は、その誕生の初めからカメラの技術的発展をベースにしていた。リアルな空間描写を達成した写真にプラスして、時間軸も切り取ったのが映画。トーキー化、カラー化、デジタル化と言った技術的な発展はあったけれども、3次元空間を2次元(平面)+時間軸で切り取ると言う基本的な部分は百年の長きに渡りまったく変わらなかった。技術が発展すると、旧来の技術は飽きられ見捨てられた。トーキー映画が登場すると無声映画は無くなり、カラー映画が登場するとモノクローム映画は姿を消したのである。それは、あたかも写実主義の後に印象派が登場し、やがてそれも飽きられて表現主義に進んだのにも似ている。
 初めから産業革命と資本主義社会の中で生まれた映画は、その時代の影響を受け続けてきた。ハリウッド映画に代表される大規模な制作システムは、初めから制作に携わる人間達を、脚本、カメラマン、照明etc.…等のように目的別の歯車に分解し、それらを上手くかみ合わせて組織を作った。大工場で自動車を製造する労働者のように、自分達は全体の中の"どこかの"部分に携わっているのだが、何が出来上がるのかは、完成して全体を見ないと分からない。そして、自分が携わった業務が必要なくなれば、パーツを取り替えるように外されてしまう…つまり失業してしまう。

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 CG制作に至っては、その傾向はより顕著になった。前章でも述べたが、ダヴィンチやピカソやスピルバーグのように皆の知っているようなCGクリエーターと言うのは、(マニアが知る有名クリエーターは別として)出現していない。映画のCGであれゲームのCGであれ、制作者個人は全体の一部分(モデリング、アニメーション、背景制作、エフェクト制作、合成作業など)を担当し、すべてを把握しているのは一部の人間だけである。脚光を浴びるのはプロデューサーやディレクター、俳優と言った一部の限られた人々であり、制作に携わったその他大勢のスタッフが晴れやかな表舞台に出る事は、ほとんど無い。それらの個々の制作者がモチベーションを保つには、自分自身が分業で携わった仕事に栄誉を感ずること、その仕事で稼いだ収入によって生活している、もしくは家族を養っていると言う自負心を持つこと…などだろうと思う。産業革命以降顕著になった人間疎外のあり方を、現代の映画産業、CG制作業もしっかりと引き継いでいる。
 産業革命初期の芸術家達は、人間疎外を感じ古き良き田園生活に幻想を抱いたのと同時に、大都市の生活に馴染んでそこに芸術の場を見出していったが、現代のクリエーターは初めから人間疎外のシステムを内包した社会で活動している。現代は技術の進歩のおかけで過去に比べて格段に便利になったが、現代のクリエーターの多くは孤独の中で葛藤を続け、創作活動を展開していかねばならないのだ。