美術史とCGの歴史の比較

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6.ルネッサンス美術からアーティストについて考える (2009年8月16日記載)

 さて、いよいよ時代はルネッサンス時代に到達した。前回も触れたが、ルネッサンスとは古代ギリシャとローマの文化の復興を目指し"再生"を意味している(イタリア語のリナシタから派生した言葉)。古代の美術から中世の美術まで根気強く見てきたが、正直なところ私たち多くの関心はルネッサンス以降の芸術にあるのではないだろうか?
 イタリアではゴシック末期のジョットあたりから、古代ギリシャのリアルな肉体表現の絵画が描かれ始めた。そして、15世紀に建築家の
"ブルネッレスキ"、彫刻家の"ドナテッロ"、画家の"マザッチオ"のルネッサンス初期の3大巨匠が登場して、ルネッサンス美術が本格的に開花する。
 ルネッサンスの精神は、ボッティチェリらを経て、
"レオナルド・ダ・ヴィンチ""ミケランジェロ""ラファエロ"と言う盛期ルネッサンスの3大巨匠へとつながっていく。

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 ルネッサンス美術は、単なるギリシャやローマの文化の模倣ではない。自然の美や現実世界の価値が再発見されただけではなく、人間性が回復された時代でもあった。古代彫刻の伝統の復活は、人間の尊厳の再認識と対を成している。意志さえあれば人間は物事を成し得ると言う、人間の可能性を信じた人間中心主義は、市民階級が台頭した商業都市のフィレンツェで芽生えた。前述の建築家のブルネッレスキはフィレンツェ大聖堂のドームを設計し、彫刻家のドナテッロはダヴィデ像を制作し、画家のマザッチオは輪郭を描かない画法を開拓した。
 ブルネッレスキの設計は、ゴシック的伝統から決定的な離脱を果たしいる。ひたすら高さを競ったゴシック聖堂とは違い、調和と秩序、そして人間中心主義の世界観を体現した。彼の建築理念は、後世の者達に引き継がれていく。
 ドナテッロは僅か15歳でコンクールに参加し、次第に頭角を現していく。預言者ハバククにおいて、ゴシック彫刻の伝統を打破する逞しい写実的な彫刻で人々に衝撃を与えた。そして、ダヴィデ像において、聖書の英雄の裸体像と言う大胆な試みに挑んだ。彼の他にも、優れた彫刻家が出現していった。
 絵画は、建築や彫刻と比べると、その革新性は遅れていた。それは建築や彫刻と異なり、絵画の古代の遺品が知られていなかったからである。しかし、そこに新鋭のマザッチオが登場する。堂々たる人物描写はジォットの伝統に連なるが、彼は輪郭線に頼らず、光の明暗によって描いた。現実世界の人物には輪郭線など存在しないと言う事実を、自ら開拓した画法で表現した。それだけに留まらず、彼の絵の空間には奥深さがあった。ブルネッレスキやアルベルティと言った先人が構築した合理的な透視図法(一点消失透視図法)を用いて、絵画で三次元空間を見事に再現したのは、マザッチオが最初だった。彼の様式は、その後、フィリッポ・リッピやフラ・アンジェリコらが摂取していった。他の芸術家達にも、一点透視図法は継承され広まっていく。

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 15世紀後半には、ルネッサンスはフィレンツェだけでなく、イタリア各地に波及していく。フィレンツェ以外では、15世紀中最大の巨匠"ピエロ・デッラ・フランチェスカ"が、量感ある人体表現や完璧な透視図法表現のフレスコ画を描いた。その他、マンティーニャやベルリーニなどが活躍し、次世代のティツィアーノらに影響を与えた。
 そしてフィレンツェでは、静謐なピエロの絵画とは対照的な動きのある描写が展開されていく。ダ・ヴィンチの師でもある"アンドレア・デル・ヴェロッキオ"も、解剖学的な深い知識理解の描写をなしている。権勢を誇るそのフィレンツェでは、優美かつ装飾的な様式も流行する。"サンドロ・ボッティチェッリ"の大作「ヴィーナスの誕生」も15世紀後半に生み出された。
 一方、ローマでも15世紀末には、再び旺盛な芸術活動を展開する。システィーナ礼拝堂の壁面装飾事業は、ボッティチェッリら各地の代表画家達に委嘱された。フィレンツェのロレンツィオ・デ・メディチが没した後、ローマがイタリア美術の中心地になっていく。

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 イタリア以外の地でも、美術は大きく発展していく。(ファン・エイク兄弟によって)油彩画を誕生させたネーデルランド(現在のベルギー・オランダ)では、ゴシック時代の保守性と革新性が共存して北方ルネッサンスと呼ばれる。貿易の発達で市民階級(個人)が台頭し、肖像画の制作が盛んになった。フランスではフィレンツェやネーデルランドのようには商人階級の台頭は見られず、美術活動は宮廷周辺に限られていた。ドイツでは、全体的にはネーデルランド絵画の支配下に置かれていた。

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D-WARE礼賛(らいさん)/ミケランロボ作 (制作 by JOLLYBOY)

 さて、いよいよ15世紀末から16世紀初頭にかけての"ルネッサンス盛期"の時代が到来する。この時代は、現代人の多くも名を知っている"巨匠"たち…レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロ…の時代だった。彼らは、自分の才能をはっきりと自覚し、自己の芸術世界の創造に挑んだ。彼らは、皇帝や教皇などからさえ敬意をもって処遇された。

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 芸術家と言うと、現代ではアトリエに篭って絵画ないし彫刻等の特定の分野の制作をする者のようにとらえられがちだが、当時の芸術家達は、絵画、彫刻、そして建築までもこなす総合芸術家だった。自らの工房を持ち、自らが弟子達の指揮を取って様々な芸術を仕上げていくのである(※巨匠達の作品名を挙げると切りがないので、敢えてここでは個々の作品には触れないこととする)。
"レオナルド・ダ・ヴィンチ"は画家としてだけではなく、彫刻家や建築家そして軍事技師として宮廷に使え、また様々な科学にも自らの才能を発揮した。解剖学、水力学に先駆的な業績を残し、数々の発明にも力を注いだ。彼の科学的視野は、絵画にも存分に活かされた。透視図法の技法はもとより、輪郭をぼかす「スフマート(ぼかし)」技法や、空気遠近法などを駆使して描かれた絵画は、その後の西洋絵画の在り方を大きく変えてしまった。

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 "ミケランジェロ"は、人体表現に特出した実力を示していく。彼の彫刻や絵画は、古典的美術の復興と言う以上に、盛期ルネッサンスの理想的人間像を表現している。彼が手がけたシスティーナ礼拝堂の絵画は、その代表例の一つである。彼が新築工事の総監督を任されたサン・ピエトロ大聖堂は、物理的規模においても古代の建造物を凌駕するものだった(ただし大聖堂の完成自体は17世紀)。

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 ラファエロは、レオナルドやミケランジェロの業績を巧みに取り入れ、短期間で盛期ルネッサンス様式に到達した。しかしただ学んだものを真似ただけではなく、静謐かつ調和的な独自の絵画世界を確立した。
 ヴェネチアにおいては、教会や公共的な作品ばかりでなく、裕福な個人のために作品が作られた。"ジョルジョーネ"、"テッツィアーノ"らが活躍した。
 北方ルネッサンスに目を転ずると、ルネッサンス美術の様式と理念に接した"アルブレヒト・デューラー"が、理想的人間表現&合理的空間表現を、ドイツ絵画に導入した。"クラーナハ(父)"や"ホルバイン(子)"達が活躍したのもこの時代である。フランスでは、イタリア遠征でルネッサンス美術に接したシャルルⅧ世が、多くの建築職人を伴って帰国し、居城の修理に従事させた。またフランソワⅠ世は、イタリアから"フィオレンティーノ"達を招いて、内部装飾を任せた。ネーデルランド絵画は独自の特色を発揮して、特に油彩技法はイタリア絵画に影響を与えた。しかしルネッサンスが成熟期を迎えると、ネーデルランドの芸術家は、イタリアの美術と古典古代の美術を手本と仰ぐようになる。しかし、ブリュッセルで活躍した"ピーテル・ブリューゲル"は、風景画と風俗画において後世に多大な影響を及ぼした。
 盛期ルネッサンスの時期と言うのは、打ち上げられた花火のようにほんの短い期間で幕を閉じた。3人もの天才が一同に会した、夢のような正に奇跡の期間だったと言える。この盛期ルネッサンスの絵画が、後の時代に長らく(良くも悪くも)絵画の規範となり、古典と見なされるようになっていく。

 盛期ルネッサンス後の16世紀前半の芸術は、マニエリスム(※マンネリの語源)と呼ばれる、"ブロンズィーノ"を初めとする画家達の活躍した時代。偉大な巨匠達の技法(マニエラ)を踏襲するだけの美術と言う意味の蔑称で、肉体を奇妙に変形したり(例えば首が異様に長いなど)して否定的にとらえられていた。しかし、その不自然さには独特の味があり肯定的な評価もある。"エル・グレコ"なども、マニエリスムと呼ばれる事がある。

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 17世紀に入るとバロック(※歪んだ真珠を意味する"バロッコ"が語源)美術の時代に入る。過剰なまでに劇的かつ装飾的な絵を指し示す。この時代の美術のスポンサーは、絶対専制君主と(宗教改革で失った信者を取り戻そうと図る)カトリック教会。バロックの2大巨匠は、フランドルの画家"ルーベンス"と彫刻家・建築家の"ベニーニ"。その他、"カラヴァッジョ"、"ヴァン・ダイク"、"レンブラント"、"ベラスケス"と言った早々たる芸術家達が、このバロック期に活躍する。
 18世紀に入ると、装飾的なロココ美術の時代が到来(※ロココはバロック庭園の人口洞窟を飾った小石や貝殻を指す「ロカイユ」が語源となった言葉)。絵画では、大げさな歴史画や宗教画に替って、肖像画や貴族達の遊びを描いた世俗的・個人的・享楽的な作品が流行となる。ヴェルサイユ宮殿を中心に、"フラゴナール"、"ヴァトー"、"ブーシェ"らロココ3大巨匠が活躍した時代である。

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 …と、超特急でルネッサンス期の美術を駆け抜けた。驚くべきは、(この時代の芸術技法の革新だけでなく)この時期にかくも多数の巨匠達が現れたと言う事実である。レオナルドやミケランジェロ、ラファエロは言うに及ばず、テッツィアーノ、デューラー、クラーナハ、ブリューゲル、ブロンズィーノ、ルーベンス、レンブラント…etc.、数多くの巨匠達が優れた作品を生み出している。私たちは、ミロのヴィーナスやヘルメス像の作者の名前は知らない。しかし、ルネッサンス期の芸術の作者は数多く知られている。名前だけではなく、その生涯や性格までもが知られている。巨匠達が如何なる人で、どのような哲学の下に創作活動がなされたのか、多くの事が研究によって明らかにされている。
 そのような研究のお陰で、私たちは美術館で彼らの作品を目にする時、作品そのものだけでなく、それを制作した芸術家の背景にも思いを馳せる事ができるのである。

 では、映画の巨匠達に思いを馳せてみよう。映画の巨匠達…映画が誕生して1世紀ちょっとの間に、ルネッサンス期の巨匠に匹敵するような(?)数多くの巨匠が現れた。とても、ここには書き尽くせないほどの名監督や名プロデューサー達がいる。みんなが知っている人物名を羅列しても仕方ないので、ここでは割愛。
 次に、CGIの巨匠達について考えてみよう。パッと思いつくままに、有名なCGクリエーターの名前を挙げてみて下さい。僕のようなCG制作を生業としている人間ならともかく、一般の方でCG制作者の名前を挙げることができる人がいたら相当のマニアである。通常、CG制作において名前が浮かぶのは、制作をした"会社"の名前である。ピクサー、デジタル・ドメイン、ILMと言った企業名が思い浮かぶが、個人名はまず名前が浮かばない。私たちは、この事について考えてみる必要がある。中世時代にも、現代のピクサーのような大制作工房によっても作品が作られていたが、それらの工房を統括するのは、ミケランジェロやルーベンスと言った巨匠であり、芸術家達の名前が前面に出ていた。
 しかし、現代のCG制作で個人名が(マニア以外に)知られないのは、過度な分業体制のせいである。現代の映画(特にハリウッド映画)のCGは、数百人体制と言う途方も無い人数の分業によって作られている。これだけの人数がいないと、現代のCGI映像は作りえないのである。モデリング、ライティング、アニメーション、合成etc.…それぞれの分野に複数のデジタルクリエーター達がいて、その上にテクニカルディレクター達がいて、最終的にすべてを統括するスーパーバイザー達がいて、監督がいる。そして、最終的な責任をプロデューサーが負う。エンドクレジットに名前が載るものの、あまりに膨大な人数で人々の記憶に残るのは、会社名や、映画の監督名や俳優名である。

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 CGIが、これだけ映像や各種メディアの主要なパートを締めながら、ダ・ヴィンチやスピルバーグのような超知名度のある巨匠が現れない(※皆が知らないだけで、実際にはたくさん存在している)。こうして考えると、時代によって巨匠や名匠のあり方も随分と変わってしまうようだ。CGIの技術は随分と進歩した。技術的には、黄金時代である。作る人間も網羅した本当の意味でのCGの黄金時代を迎えるには、「レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ」や「スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、フランシス・コッポラ(orジェームズ・キャメロン?)」のように、誰もが知るCGの巨匠が3人ぐらいまとめて現れる必要があると思う今日この頃である(笑)。