美術史とCGの歴史の比較

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2.太古の原始美術から技術の発達に思いを馳せる (2009年1月18日記載)

 我々の時代からずっと遡って、3万年前の太古の昔に思いをはせてみよう。現在私たちは、フランスのオーニャック洞窟、スペインのラス・チメネアス洞窟等の洞窟から、山羊や鹿や野牛の絵画や刻線画が発見された事を知っている(私はもちろん現地&現物を見たことはないが)。約3万年前から始まったこの旧石器時代の後期に、美術作品が現れた。洞窟壁画だけではなく、岩陰彫刻や丸彫彫刻、獣骨に刻まれた刻線画など、直接生活とは関係のない美術が生まれたのである。それから時が経過しだいたい2万~1万年前ぐらいになると、私たちも学校の授業等でよく馴染んでいる、アルタミラ洞窟やラスコー洞窟等の壁画が描かれる。
 文字が発明される文明以前のことであるから、彼等が何のために絵画を描いたのかは定かではない。狩りの成功を願うための祈りのためとも、一族の繁栄を願う呪術のためとも言われるが、現代の我々には推測する他ないところである。美術のための美術ではなく、おそらくは生活に直結した美術だったと思える。もちろんビデオカメラも無い時代だが、野生動物の描写の正確さには驚くべきものがある。"食料である獲物の捕獲"="生存"である。野生動物の習性、動き、健康などを知る事は、とても大切な事だったのだろう(…と勝手に推察する)。

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 石器時代に生まれた美術。現存している作品は数が限られているが、当時はもっともっとたくさんの壁画が描かれ、彫刻が作られていたはずだ。しかし、私たちが知る事ができるのは、風雪による損傷や磨耗に耐えたものだけである。しかし、1万年以上の月日の損傷によく耐え、ここまで保ってきたものだと驚きを禁じえない。中世の作品ですら、現在に残っていない作品が多数あると言うのに。洞窟の外に描かれた壁画であったのなら、もう残っていなかっただろう。その洞窟を何らかの大災害…例えば地震や洪水など…が襲っていたとしたら、もう残っていなかったかもしれない。

 幸運にも残されたこれらの古代の美術から、私は美術の"技術の発達"について思いを馳せずにはおれない。壁画が描かれるまでには、長年の技術の発達と蓄積があったに違いない。どのような土や岩や植物から、どのような顔料が得られるのか?それらの顔料をどう調合すれば絵の具として、洞窟に描く事ができるのか?どのような道具(筆の代用品?)を使えば、より描きやすいのか?またどうすれば、よりリアルな色と形に描けるのか?用具や技法は、一朝一夕にできたものではないはずだ。
 今、仮に、私がキャンバスも絵の具も筆も持たされずに山の中に放り出され、「どうにかして絵を描け」と言われたとする。道具が何も無かったら、木の枝で土に線画を書くのが関の山。雨が降ったら、あっという間に消えてしまうだろう。
 もう少し知恵を絞って、葉っぱや花をすり潰したりして、指を筆代わりに、なるべく白い石や岩にカラフルな絵を描くべく努力するかもしれない。しかし、やっときれいな絵ができたと思ったら、酸化が始まりみるみる変色していくかもしれない…。つまり、現代まで残るような壁画が描かれた背景には、そのころまでには、既にかなりの技法や用具を含めた技術の発展の蓄積があったと考えられる。私たちは、美術絵画と言うと"油絵"を思い起こす。しかし、絵画の代名詞のようなこの"油絵"と言う技術ですら15世紀と言うごく最近の技術なのである。現代の我々は、油絵、水彩画、アクリル絵の具、クレヨン、色鉛筆etc.、様々な絵の具を使い、キャンバス、画用紙を初め、様々な画材に絵を描く事ができる。それは人類の長年の経験と努力を積み重ねた故の、技術の結晶である。
 太古の昔から、少しずつ技術の発展の蓄積が連綿と続いて、名も知られぬ古代の美術家達によって、その後の都市文明の美術へと受け継がれていったと考えることができるだろう。ある日突然、一日にしてエジプトやメソポタミヤの美術が生まれた訳ではない事は確実である。

ロボット牛壁画
ジョリー洞窟のロボット牛壁画 (制作 by JOLLYBOY)

 映画の技術にも、同様な事が言える。映画は誕生してからまだ一世紀ちょっとしか経過していないが、絵画や彫刻や建築などの諸美術と比較し、その僅か百年余りの間に超ハイスピードで進化してきた。
 映画は1888年にエジソンによって発明されたのは有名だが、現在の映写式によるものは、フランスのリュミエール兄弟によって1894年に発明された"シネマトグラフ"。それ以前の"キネトグラフ"は"のぞき窓"を上からのぞくタイプだったが、シネマトグラフの登場によって、大スクリーンに映像を映し出す事が可能になった。最初に公開された映画は、汽車が単にこちらに画面手前に向かって走ってくるフィルムで、その迫力に驚いて逃げ出した人もいたとか(笑)。

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 19世紀末期から20世紀初頭には、映画はただ対象物を撮影するだけのものから、物語性を持った映画へと発展していく。また映画創生期の頃から、特殊撮影技術は開発され始めた。1902年のメリエス監督の「月世界旅行」においては、その両方が存在していた。大砲で月に行くと言う映像はSF映画の魁であり、またこの映画は複数のシーンからなる物語を持っていたと言う意味で画期的である。1912年には、世界初の長編映画である2時間半の「クォ・ヴァディス」がイタリアで撮られた。1925年のソビエトの映画「戦艦ポチョムキン」において、画期的な"モンタージュ手法"が確立された。同じ時間、同じ場所で撮影しなくとも、編集によってフィルムをつなげば物語がつながると言うのは、画期的な考え方だった。

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 そして、ただ映像だけを見せる無声映画に、いよいよ"音"が付く。映像に音声を付加する映画技術は、1927年の世界初のトーキー映画「ジャズシンガー」に採用された。
 その次の進化は、白黒フィルムのカラーフィルム化である。最初のカラー映画は、1935年の「虚栄の市」。カラーフィルムの技術が確立すると、本格的なカラー映画の時代が到来した。単にカラーだけでなく、それを迫力ある大画面で見せる"シネマスコープ"も開発され、1953年の「聖衣」が世界初のシネラマ映画として公開された。その後も、立体映画(※あのメガネをかける映画)、ステレオサウンドやセンサラウンド映画等々、数々の映像及び音響技術が開発されていった。そしてコンピューターの進化により、映像はコンピューター技術で補完されるようになり、ないしはCGIそのものによって映画が作られるようになっていく。

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 CGI(=コンピューターによって作成された画像)は、映画よりも更に進化のスピードが速かった。映画の歴史も100年ちょっとしかないが、CGの歴史は更に短くその半分も無い。もちろん、突如今日のような物凄いCG映像が現れた訳ではない。
 コンピューターの発達する以前から、数学的方法によって画像を形づくる考えはあった。しかし、今日のCGの発展は、コンピューターの驚異的進歩のおかげである。もし、コンピュータと言うものが無かったら、CGは石器時代以前と同様…つまりコンピュータ・グラフィックスと言う概念すら存在しない…だったろう。
 コンピュータの登場。1946年に、真空管使用のエニアック(ENIAC)という計算機が登場する。重さは何と30トン、150キロワットもの電力を消費した(※これだけ大規模の計算機でさえも、今日の数万円の安価な家庭用コンピューターの方が遥かに優れている)。当初の計算機による画像と言えば、文字や記号を並べ濃淡を出して図柄を表現する程度で、とてもCGとは言えないものだった。しかし、少なくともCGIにとっては、石器時代の門口に立った事は間違いなかった。

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 1964年にMIT(マサチューセッツ工科大)のサザーランドが、初めてCRT(Cathode-Ray Tube)やライトペンをコンピューターにつけた、インタラクティブなシステムを開発した。線画しかできなかったが、これがCGの基盤となったのである。CG石器時代の人間が、描くべき"壁"と"絵の具"と"筆"を手に入れた瞬間である。
 そして、CGは各方面に利用されていく(※工業用のCAD(Computer Aided Design)、医学、人工衛星の写真解析など。中でも、データ入力によるNASAの宇宙船の正確なシュミレートのためのアニメーションは、その後のCGアニメに多大な影響を与える)。

僕が初めて買ったマシン"アミーガ500"

 ソフトとハードウェアは、共に急速に進歩していった。CGコストがまだまだ高かった1980年代、SGIと言うマシンが主流だった。数千万円~数億円と言う設備投資が必要で、個人はもちろんのこと会社組織であっても、おいそれと手を出せるシロモノではなかった。1990年代初め、僕もSGIのカタログを見つめて溜息をついていた。廉価版のSGIが登場したが、それでも数百万円していたからである。車を買うより高く、ローンを組んでもおいそれと買えるものではなかった。
 私事になるが、僕が、ローンを含めあちこちでお金を調達して初めて買ったマシンが、"アミーガ500"と言う米国コモドール社製のマシン。ハードディスクは付いてなくて、RAMも僅か512KB(※512メガバイトじゃないですよ、512キロバイト!!)。そんなわけで、外付けの100MBのハードディスク(わずか100MBで10万円!)、4MB(※これもギガバイトじゃないですよ、メガバイト!しかも1MBあたり2万5千円!)の増設RAMメモリー、ディスプレー、ゲンロック装置、あとCGソフト数点を買ったら、全部で65万円以上かかった…。それだけ苦労して買ったのに、現代の10万円程度のマシンの十分の一の速度も容量も無かったのである…このマシンの非力さに耐えつつ、アメリカ製のソフトのマニュアルも数冊翻訳したりした。そんなこんなの色んな努力の末、ようやくCGの基礎を覚えた。まあ当時CGを始めた人は、みな似たような苦労をしているはずだけど。ちなみにコモドール社は、あえなく潰れました…余談ですけど。

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 その後、会社を説得するだけのCGの作品を作り上げ、総額二百万円のアミーガ4000とデジタルレコーダーを購入し、その数年後には数百万円のデックアルファマシンとデジタルレコーダーに移行し、ようやくそれなりの"速度"と"容量"と"性能"の環境を得る事ができるようになった(そして、技術の進歩に伴い、個人的に現在に至るまで20台のマシンを買い換えている)。
 20世紀の最後の10年に、マックもウィンドウズも含めてPC性能が、そしてCGソフトウェアの機能も飛躍的に向上ししかも格安になり、やる気さえあれば個人でもCG制作が行なえる時代が到来した。

 美術と同様、CGも技術の発展とは無縁でなく、技術の発展がなければ現在のような、各方面の素晴らしいCG創作は有り得なかった。ただ、旧来の美術と違っている点は、CGのテクノロジーの進歩が異常に早い点だ。美術の技術の発展が数千年と言う悠久の時の流れの中で発展したのに対し、CG技術はたった半世紀にも満たない間に急速な進歩を遂げた。CG技術は、たった40年ほどで石器時代から現代美術までを駆け抜けた。しかし、創作を続けるCGクリエーター達は機械ではなく人間であるから、この日々刻々と変わる技術の進歩に着いていくのはなかなかたいへんな事だと思う。多くのクリエーター達が、自己の世界観確立や表現方法を迷いながら創作活動を続けているのは仕方の無いことだと思う。世に名のある偉大な芸術家達の多くも、(時代による進歩の速度の差は別として)多くを悩みながら作品を作り続けていたはずだ。
 何かを作り出すと言う事は、その時代の技術的な背景とは決して無縁ではないのである…。もしミケランジェロやダ・ヴィンチが、このコンピューター時代に生きていたら、もっと凄い作品を生み出していたか?それとも大多数の芸術家の中に埋もれて、無名のままで生涯を閉じたのか?
 社会や政治の背景、技術、人、それぞれが時代の中で上手く交差しぴったり当てはまった時にのみ、偉大な作品が生み出されるように思えてならない。洞窟で絵を描いた画家達の名前は知る由もないが(…そもそも名前があったかどうかも分からないが)、残された作品によって、色々な思いを巡らす事ができる。彼等は、その時代に与えられた限られた環境の中で最大の努力をし、最高の作品を作り上げたに違いない。